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十五話→我儘

「ああっ、やっと返してくれたね?」

「ごめん、朝は返すの忘れてて……」


 隣の席の女子に、昨日借りたノートを頭を下げつつ返却する。彼女は、僕のほうから切り出すのを待っていたらしく、貸したノートが結局昼まで返ってこなかったのが不満なようだった。これには返す言葉もない僕は、とにかく謝るしかない。


「朝のうちに返してくれたら不問にするつもりだったけど、遅れたからには責任とってもらうからね」


 席で委縮する僕を、彼女は仁王立ちで見下げる。

 責任を取るといっても、何をすればいいのだろう。レンタル代でも払わされるのだろうか。とはいっても、僕の懐にはパン一つ買える程度の小銭しか入っていないのだが。お財布ごと貢げば許してもらえるだろうか。


「……なるべく、短く済ましてくださると」


 お財布丸ごとお求めならそれでも構わない。昼休みは、優月さんと一緒に、彼女の作った弁当を食べる約束をしている。恋人関係になったそばから約束を破って幻滅されるのは御免なのだ。

 時間を要する罰なら、せめて執行は放課後まで待ってほしい。


「まあ約束通り、今日中には返してくれたわけだし」


 酌量の意思はあるようで、彼女はちょっと考えるそぶりを見せたあと、僕に微笑みかける。


「ちょっと、いい?」

「え? ……うん」


 彼女が何をするつもりなのか検討がつかないが、それを拒否する権利もない僕は、とりあえず頷く。すると彼女はうれしそうな表情で、おもむろに手を伸ばす。手を伸ばした先は、僕の頭。彼女は、おそるおそるいった様子で僕の頭に手を乗せると、今度はその手を左右に揺らし、僕の頭を撫で始める。やんわりとした手つきで。


「……あの、これは?」

「いやぁ、あのぉ、……ね?」

「いや、『ね?』って……」


 罰を受けると分かった時点で、意図がつかめないのも当然だ。罰のはずが、まさか女子から頭を撫でられるとは。むしろご褒美なのだが、一言の意見が許されるのであれば──このイベント、本来ならば双方の立場は逆なのではなかろうか。


「ほら、撫でたくなるでしょ。猫とかハムスターとか、可愛い生き物って」

「それは要するに、君の目には、僕が可愛い小動物に見えていると?」

「端的に言うと、まあそうなるかな」

「……もう勘弁してもらっていいですか?」


 心が折れそうです。

 真相を知る結月さんにもからかわれたが、それを知らない女子にも"可愛い"と評価された。この事実は、ボディーブローよろしく僕のひ弱な精神に大きな打撃を与えるものがある。かといって、僕の性転換を知っているのは家族と結月さんだけなので、おそらく彼女には、僕は可愛い系の男子として見えているのだろう。それはそれで辛い。


「新立君って、ちょっと変わったよね。髪型とか、前はそんなに伸ばしてなかったよね」


 彼女は僕の頭から手を離すと、僕を観察するように見つめる。

 その視線に耐えかねた僕は、彼女から目を逸らすように顔を伏せてしまう。


「……いつからだと思う?」

「わからないけど、気づいたのは昨日かな」

「そっか」

「ああ、でも、似合ってないとかいうんじゃなくて──ううん、むしろ似合ってる!」

「……そっか」


 どうやら、少なくとも彼女にとっては、僕の変化はイメージチェンジ程度の認識らしい。たしょう可愛く見えても、それを似合っていると即座に受け入れられる器は、さすがこの学校の生徒といったところだろうか。これからも、この雰囲気には救われることだろう。


「もう、行っていいかな?」

「うん、どうぞどうぞ。……あっ、もしかして、あの後輩ちゃんと食べるの?」

「……鋭いなあ」

「あの子、ずっと新立くん追いかけてたもんね。いっしょに昼ごはん食べれることになって、すごい喜んでると思うよ」


 それもそうか。

 好きな人と一緒に何かをできるのは、この上ない幸せだろう。僕も、今から結月さんとお弁当を食べれるのは、正直楽しみだ。結月さんも、普段はどちらかというとクールだが、内心はすごく喜んでくれているのだろう。そう考えると、ますます彼女が愛おしくなる。


「じゃあ、急ぐから」

「うん、ありがとね~!」


 彼女はそう叫びながら、僕に大きく手を振る。罰を与えた相手に感謝をするのはおかしいだろうに。

 僕は急ぎ足で、結月さんを目指す。

 実のところ、一緒に昼食を食べるという約束は、人混みの中で急いで交わした約束故、一つ穴がある。穴というのは、待ち合わせの場所を決めていなかったのだ。優月さんがそれに気づいたなら、とっくに教室まで僕を迎えに来ているはず。しかし、彼女が僕の教室へ来る気配は無かった。となれば、すでに彼女は、何処かで僕の到着を待っている。その場所は、はたして何処なのか。

 これは優月さんなりに、僕の気持ちを確かめているのか。強引な性格だが、彼女も彼女で、僕が無理に交際を受け入れたのではないかときっと不安なのだろう。

 たしかに、彼女のやり方は強引だった。しかし、それも今更なのだ。彼女が僕を追いかけ始めたのは、一年も前。僕だって、言い寄られて気分が悪ければ、早い段階で彼女を拒否していた。拒否しなかったのは、僕もまんざらではなかったからなのである。

 優月さんが、どこにいるのか。

 見当はついている。簡単なことだ。

 今まで僕をずっと追いかけてきた彼女。追いかけてきたのならば、少なくとも学校内での僕の素行は知っているはず。なら、僕が普段、学校内のどこで昼食を取っているのかもとうぜん知っているはず。

 先輩後輩の関係なら、食事をとる二人のあいだに緊張が生まれても仕方ない。しかし、恋人同士となれば、二人が肩を並べて食事をとる画に何ら不自然は無い。

 優月さんは、憧れてくれていたのだろう。こんな僕の隣に立つことに。

 優月さんほどの人が、僕程度の人間の隣に立つ権利はある。

 しかし──


「──……僕なんかが、優月さんの隣でいいのかな」

 

 僕程度の人間が。優月さんほどの人間に。

 昨日から何度目だろう。またもやネガティブに陥りそうになった思考を、大きく首を振って振り払う。

 こんなこと、悩む必要もない。

 優月さんが僕を必要としてくれているのなら、それは僕に彼女といる権利があるのと同然じゃないか。その権利を失う時といえば、それは優月さんが僕に対して愛想が尽きたときだ。せめてその瞬間までは、僕は彼女の傍にいよう。

 たとえ、男に戻れても。

 たとえ、男に戻れずとも。

 優月神奈が新立吉海の彼女である限り、新立吉海は優月神奈の彼氏なことに変わりはない。決して。

 僕は救われている。


「……きっと、屋上かな」


 屋上。

 僕がいつも、一人で昼休みを過ごしていた場所がそこだ。

 だとすれば。

 優月さんはいま、そこにいる。

 そこで、僕を待っている。

 彼女には大きいお弁当箱を抱えて。


「はやく、行かなくちゃ」


 せめて、彼女といるときだけは。

 "悩み"なんて、忘れ去ってしまえたらいいのに。

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