第十七章 想定外の次の想定外の次の想定外は……、サイアク? その1
割と長い距離を飛んできたけど、空はとても静かだった。
レーダーには何も映らない。
飛行物体は何も無いみたいだ。
俺たちはジュースを飲んだり、お菓子を食べたり、狭いトイレで用を足したり、何となく、あまり会話が無いまま、飛行を続けている。
ノブヲはAEトランポを自動操縦に切り替えて、操縦席の前に足を投げ出して空を眺めている。
モトミは、アーミー柄の超ミニエネカイからチラチラと見えるグレーのアーミー柄のパンツを気にすることもなく、ストレッチをしている。
そうだ……、今日のモトミのパンツを見るのは、はじめてだ……。
戦闘中もチラチラしてたはずなんだけどな……。
さすがの俺も見てなかったってことか……。
キリカは高効率プラズマイオン粒子ビームの発射データを見ながら、ヒデヨと難しい話をしている。
ヒメカは相変わらずパソコンに向かって、超速で何かを打ち込んでいる。
そして大魔王は……、寝てる……。
今日の大魔王は念力大魔界への侵入から今まで、珍しく寝ないでいた。
念力もたくさん使ったので、その疲れなんだろう。
妹に頭を下げに行くわけだから、気持のいいもんじゃないと思うし、今は寝かせてあげようと思える。
そして俺は、半分溶けたアイスを食べようと車内のクーラーボックスから持ち出して、デッキに上がる階段で豪快にコケ、デッキ後方にあるCIWSをアイスまみれにしてしまったため、アリンコが来ないように雑巾で拭いているのだった。
ま、微笑ましい日常の風景だ。
そんな穏やかな道中も、終わりに差し掛かってきた。
遠くに首都ネンリキ・ロッポンギ・イッチョメ・シティが見えてきたからだ。
もちろん、このふざけた首都名も、大魔王が名付けたものだ。
実際には人間界のマレーシア付近である。
首都の街並みが鮮明に見え始めた頃には、トランポの上で俺たち全員が、すでに戦闘準備を完了していた。
キリカの指示が無くとも、俺たちは何をすればよいか分かっていた。
白旗を掲げているとはいえ、いつ攻撃されるか分からない。
各自がゴーグルに映るレーダー画像を見ながら、徐々に近付く首都の景色を眺めていた。
遠くからでも目立つ建物が二つ見える。
一つは近代的な高層ビル。
デザインは六本木ヒルズに似ている。
ネンリキ・ロッポンギ・イッチョメ・シティの名に恥じない、立派なビルだ。
もう一つはそのビルから湾を隔てた対岸の広大な森の中に立つお城だ。
戦国時代の騎馬武者のイメージと異なり、中世ヨーロッパのお城のイメージだ。
そう……、浦安あたりにある感じの。
ここから見ると、首都として機能しているとは思えない静けさだ。
まるで、何かを待つように……。
そうか……、俺たちを、いや、大魔王の還りを待っているのかな……。
《ピピッ》
無機質な機械音が響き、全員の顔に緊張が走る。
ヒメカが急いでコンピュータを叩く。
《カタカタカタ……、カタタタタ……》
『何か来たよっ! 一機っ! 一機だけっ! コッチに向かってくるよぉ〜!』
『分かったわ……、ノブヲ、少しだけスピードを落として……』
『了解っ。出力三十パーセント減っ!』
出迎えの一機だろうか……。
そうであれば、俺たちはとりえず助かるかもしれない。
俺たちの目的は、リアンヌとシュミドラが人間界を攻めないという保証を得ることだ。
友好的だとしても、敵対的だとしても、話し合いが出来れば……、目的を達成できるかもしれない。
戦いになった時点で……、サイアクだ。
『しゅ、シュミドラッ! シュミドラじゃっ!』
大魔王が叫んだ。
いつの間にか起きてたのか。
ヒメカがズームした映像には、孫悟空が乗っているような雲の上に白いマントのような服を着た、ん? い、イケメン? が映っている。
な、なんか想像していたような奴じゃないな……、シュミドラって奴は。
確か、最初に大魔王に会ったとき、シュミドラは女にモテないから、リアンヌに一目惚れしたって言ってたな。
大嘘じゃねぇか。シュミドラ……、ギャルにも主婦にもウケそうなイケメン俳優っぽい……。
『わぁ! これがシュミドラ? ちょ〜イケメンじゃんっ!』
『た、確かにイメージとは違いますが……、そんなにイケメンですかね?』
ヒデヨが妬いている。
ヒメカが少し浮かれたからだが、キリカとモトミは何の反応もしない。
ゴーグルに映る映像を見ているのか、空からの景色を見ているのか、それは分からなかった。
キリカは無表情のまま、
『ノブヲ……、止まって……』
と言い、AEトランポは空中で停止した。
さらさらした髪を風になびかせて、爽やかイケメンのシュミドラが結構なスピードで近付いてきた。
大魔王はゆっくりとトランポの先端まで移動した。
「大魔王……、シュミドラってオッサンじゃなかったの?」
俺はゴーグルを外して大魔王に話しかけた。
「オッサンじゃ……、ワシよりも全然オッサンじゃよ……」
「って、若いじゃんっ! ど〜見ても若いじゃんよ!」
「念力使いには、それぞれ特殊能力のほかに特性があるのじゃ。普通に老いてゆく者、逆にいつまでも若々しい者、……、それに人よりも早く老いてしまう者……。寿命は八十歳くらいで皆同じなんじゃがの……」
「じゃあ、シュミドラは歳とってるけど見た目が若いまんまってことか……。いいな……」
「リアンヌさんも歳をとらないタイプなんですかね? だって、三十年も人間界に留学してたって言ってましたし……」
「アヤツは普通に歳をとるタイプじゃと思う……。若いのは、実際に若いからなんじゃ……。念力使いは十年でひとつ歳をとる、のじゃ……」
「ってことは八百年も生きられるのかよっ! そりゃあ、普通の人間とは釣り合い取れないよなぁ〜」
単純な計算式のときのノブヲの反応は早い。
ってか、人間にも普通よりも早く老いちゃうタイプがいるんですけどぉ〜。
僕でぇ〜す! 十七歳の高校生なのに、顔認証でタバコ買えちゃいます〜。
く、くそっ、なんか急にシュミドラがムカついてきたぜ……。
「シュミドラは……、ああ見えて七十歳近いんじゃよ……」
「ええっ! 見えない〜、ちょ〜見えない〜。あんな七十歳なら、ちょっとイイかもっ! なんちゃって!」
「ぐっ、うぐっ……」
ヒメカの告白に、ヒデヨは言葉も出ないようだ……。
「ってかさ、大魔王は何歳なんだよ? 五十歳くらい? もっと上?」
「ワシ? ……、ワシの歳? ……」
分からないことをその場ですぐに聞く男、ノブヲっ! なんかそれ、聞いちゃいけないコトだったみたいだよ。
大魔王の顔が……、大魔神に!
「ワシ……、十七歳だけど……、何かそれ以上聞きたいことあるかの?」
「……!」