第十六章 初戦は全てが想定外っ! その3
「あ~あ、飛んでっちまったよ……。それもスゲエ速さで……」
ノブヲがリアンヌの飛んでいった方向を見つめながら、呟いた。
「ってぇか、念力使いって飛べんのな。大魔王も飛べんの?」
危機的状況だっていうのは何となく分かるんだけど、俺はどうでもいいことを聞いてしまった。
「い、今は……、飛べん……」
「ふ~ん……」
何か空気が重い。
超天才四人組はその頭の良さで事態を把握し、俺たちが今どんな状況なのかを理解しているのであろう。
そう……、何か絶望的っぽい感じなのだ。
とりあえず俺たちは念力使いたちの首都になっている人間界で言うマレーシアあたりに向けて、ドッキング状態で飛行している。
ご機嫌斜めで嫌がるキリカ様を皆で説得して、残り少なくなった動力エネルギーを補充することにしたのだが、念力大魔界に戻ってきた大魔王は調子が良く、またまた全開でキリカのスカートをめくるものだから、キリカは再び下着姿を披露するハメになった。
めくり終わった後、キリカは無言のまま大魔王の頬を思いっきり引っ叩いた。
《パチーンッ》
「う、うぐっ……」
それから三十分くらい経ったが、誰も、一言もしゃべらない。
完全に無言のまま時が過ぎた。
操縦しているノブヲが落ち着きなくソワソワとしているのを見て、俺ももう限界だったのだが、キリカが普通の声で、でも何か怖ぁ~い声で話しだした。
「本当のコトを話してちょうだい……。大魔王……。もしかしたら、アタシたちは今、不必要に危険な状態に置かれているのかもしれないの。正しいコトをしているのか、それとも間違っているのか、正直、自信がないわ。自分に自信を持てない以上、仲間を危険に晒すわけにはいかないわ……」
正義感と責任感が人一倍強いキリカは、今、俺たちが念力大魔界にいるコトを、自分の責任だと感じている。
この子はいつもそうだ。
自分自身と、いつも闘っている。そうじゃないよ! って言いたいけど……、何て言っていいか、分からない……。
「す、すまんかった……。ウソをついておった。謝る……」
さすがの大魔王も声が弱々しい。
「……、……」
キリカは返事をしない。
キリカは本当のコトが聞きたいのだ。
大魔王をそれを感じとって、話し始めた。
「ワシは……、ワシは実の妹に自分の念力を奪われて、人間界に落とされたんじゃ。ワシが悪ふざけで念力界を思うままにしとったのも事実じゃ。たしかに、リアンヌにしてみれば、自分の故郷を悪戯に変えてしまったと思っても不思議じゃないのじゃ。ただ、ワシは念力界を楽しくしたかっただけなんじゃ……」
「楽しく? 何故そうする必要があるの?」
「念力使いは、創られた世界で、偽物の世界で生きておる。心のどこかでは、人間たちに追われてこの世界に逃げてきたと思っておるのじゃ。かと言って、人間たちと共存はできん。念力使いが本物の地球で暮らすためには、人間を統治せねばならんからの……」
「人間たちは決してアナタたちを受け入れたりしない……。そう思ってるのね……」
「そうじゃ……。もちろん、念力使いが人間界を統べるなんてことは言語道断じゃ。念力は神から与えられた神聖な力、ワシらはそう信じておるからの」
「じゃあ、何故、わざわざ悪びれるようなことをしたの?」
キリカの声は徐々に優しくなってきた。
「ワシがまだ王になる前、人間界に留学してたことがあるんじゃ。東京は好きな街じゃった……。街全体が活気に満ちて、若者たちが突っ張って生きておった。楽しそうじゃった……。人間社会では迷惑になるかもしれんが、そういうパワーが念力界には必要だと思ったんじゃ。今を楽しむ! みたいなパワーが……」
「三十年以上も前ですと、まだ日本はバブル崩壊前……、六本木とかワルって感じだったんでしょうね……」
俺たちの知らない世界……、ヒデヨももちろん知らない。
でも、大魔王が憧れるほどのパワーが、そのときの日本にはあったのかもしれない。
「それで……、それで元気の無かった念力界を盛り上げるために、わざと悪びれるようなコトをしてたのね……」
「そうじゃ……、いつの間にか、それが当たり前のようになってしまったがの……」
「ここまではいいわ。分かったわ。あの子が誤解している部分もあるわね。でも本題はここからよ。あの子、アナタの妹は人間界には攻め入らないって言ってたわ。それが本当なら、アタシたちがここに来た意味は、アナタをここに還して上げるコト以外、無意味だわ」
「ソコなんじゃ! リアンヌはまだ知らんのじゃ……。シュミドラは……、奴は念力原理主義者なんじゃ」
「念力原理主義者? なんじゃそりゃ?」
ノブヲの不得意な分野に話が展開しつつある。
人間の主義主張のことはノブヲが最も不得手とする部分だ。
恵まれすぎた環境で育ったせいか、頭がちょっと悪いせいかは分からないが、ノブヲはこの手の話に極端に疎い。
「要は、念力こそが神の力……、すべてを統べる力……。そして、念力使いこそが絶対的な存在……ってことね」
「そうじゃ……。長年、人間に負い目を感じて生きてきた念力使いたちのなかで、そういう原理主義に染まる者は少なくない。シュミドラが念力界の権力の中枢にまで上ってきたのは、そういう思想があるからじゃと思っておる……」
「じゃあ、なんでそんな奴をそばに置いておいたんだよ?」
俺も久しぶりに参戦してみる。
「それが……、先代の念力大王からの言い付けだったんじゃ。シュミドラを側に置いておけと……。シュミドラは頭が良く、政治力に長けているでの、それなりに重宝しておったんじゃが、何故先代がそんなコトを言ったのか、その真意は分からんのじゃよ……」
うーむ、それだけではシュミドラが人間界を攻めるとは判断できないなぁ~。
危機的な状況だしなぁ~。
帰るってのも選択肢なんじゃねえの? 大魔王を無事に念力大魔界に戻せたんだしな。
結果的に半分くらいは勝利なんじゃねえ? なんて、グダグダと俺の中の危険予知能力が回避措置を取ろうとしている中、やはり俺と同じように考える男がっ!
「お、おい、どうする? キリ? とりあえず人間界に戻るか? なんか危なそうだし……」
ノブヲ、さすがです。
「とりあえず」が素晴らしい。
大魔王をここに置いて人間界に戻ったら、もうここには戻って来れないって分かってるのかな? だから、「とりあえず」の選択肢は無いんだよ! でも、「とりあえず」帰ろうぜ!
「うーん……、……」
キリカが腕組みをして考え込んでしまった。
天才が熟考して出した答えは? 正直怖い……。
「何か、気になるのかよ?」
「うーん……、あの子がね……、ちょっと気になるのよね……」
「大魔王の妹?」
「そう……」
「あんな奴、放って置こうぜっ! いいじゃんっ! 自分で念力大魔界を統治するって言ってるんだし。放っておけよっ! キリっ!」
ノブヲが珍しく声を荒げる。
俺たちは想定外の出来事の中で、さらに想定外に出会ってしまっている。
このまま突っ込んで行って、訳も分からないまま死んでしまうかもしれない。
そういう危険があるかもしれない。
だから、身を護る本能が働くのだ。
そう、普通の人間には……。