第一章 風のイタズラに泣いて……その2
高校デビューするのは簡単だが、俺の通っている高校は都内屈指の公立進学校なので、不良らしい不良がいない。
だから俺は唯一の不良として、実質この高校を支配しているのであった。
そんな俺の不良としての実績は、遅刻をしても悪びれないとか、掃除はしないとか、先生をセンコーと言うとか……、まあ、そのくらいだ。
なので、今回のバイク通学というのは、俺の不良人生の中でも輝かしい歴史になるはずだった。
そのために学校の隣の隣にあるガソリンスタンドでバイトを始め、学校にいる間はバイクを置かせてもらうことにもなっていたのだ。
ガソリンも安く入れられるって聞いていたのに、当分の間は電車で学校とバイトに通うハメになってしまった。
「しかし百万って言ってもなぁ。金を持っているのは親父だしさ。俺には回ってこないんだよねぇ。だから、科学実験の道具を買うって言って金を貰ってんだよ」
ノブヲは律儀だ。
ちゃんと俺のくだらない冗談に応えてくれる。
いい奴だなぁ、と心から思っていたそのとき、俺の机の上にスカートがひらりと乗っかった。
上を見ると幼なじみの舞島キリカが俺のほうを見てニヤニヤしてる。
「よっ、マコト。今日アンタさ、バイクでコケてたでしょ?」
くっ、この女、なぜそれを知っている?
「なんか大きな音がしてさ、振り向いたらアンタが倒れてるから、アタシ少しビックリしちゃったよ」
く、くそっ、見られていたか。
「いや、別にコケてねえし。バイクを置いて道路に寝てただけだし。俺は眠かったんだよ」
くっ、コイツを相手にしていると疲れてしまう。
さっさとあっちに行ってくれっ!
「まあさ、アンタはジョウブだから大丈夫かな? って思ってさ、学校に間に合わなくなっちゃうからスルーしちゃったんだけどね。でも予想通り、大丈夫そうね」
キリカは笑みを浮かべてそう言っているが、内心では俺のことを馬鹿にしているに違いない。
コイツはいつも俺のことを馬鹿にしているのだ。
中学時代にモテなかった俺のことも、高校デビューで不良を気取ってる俺のことも。
し、しかも、コイツはくそ真面目で男なんか興味がないくせに、一丁前にモテやがるのだ。
何度コイツが告られているのを見たことか。
そして何度俺の友達がコイツに告ったことか。
それを全部フリやがって。
コイツはモテモテの自分とモテない俺を比較して、俺を見下しやがるのだ。
「でもさ、なんか変だったよね。あのときの風さ。それまで風なんて全く吹いてなかったのに、いきなり吹くんだもん。マコトもあの突風でバランス崩して倒れちゃったの?」
「と、突風?」
何を言っているのだ、コイツは。
「アタシなんかさぁ、スカートめくれちゃって焦ったよ。誰かにパンツ見られちゃったかなぁ?」
ぬぁ、ぬぁ、ぬぁあにぃ?
そ、そういえば、黒髪に校則ピッタリのひざ丈スカート、こ、コイツか。
俺はコイツのパンチラを見て、大事な青春の真っ只中、高校二年生の大半を棒に振るハメになったのかっ!
なんてことだぁ、コイツのスカートなんて今まで何回もめくってきたじゃねえか。
今さらパンツ見たって何とも思わねえよ。
な、なのに、俺は、ちょっと萌えちゃったじゃねえか!
コイツのことを女神様だって?
なんて馬鹿なんだぁ、俺はぁ……。
「あれ? マコト、どしたの?」
「ん? い、いやっ、なんでもねえよ」
俺の顔、紅くなってるかな? 紅くなってねえよな? ん? んんっ?
「あ、ニヤリぃ~」
キリカはそう言って笑うと、俺のおでこを細く白い指でピンッとはねた。
「い、痛てえな。なにすんだよ!」
すると、その黒くて長い髪が俺の頬にかかるくらい近づいてきて、俺の耳元でささやくように、小さな声で、
「アンタさ、アンタ……、アタシのパンツ見たんでしょ?」
ぐぅぐっ。
いっ~つもそうだ!
コイツは俺のことを何でもお見通しって面をしてやがる。
俺がぜってえ全否定するって分かっていても、こうして聞いてくる。
俺はコイツの手のひらで踊っているだけなのかぁ?
くそぉ、ムカつくぜ。
と思った俺は、次の瞬間、
「み、見たよ……」
そう言ってしまった。
このとき俺は、今日起きた全ての悲しみや悔しさが、ひとつになって襲ってきたような気分だった。
そして、これ以上キリカの手のひらでダンシングしてたまるかよっ! と思ったのだ。
俺が素直に認めたことにキリカは驚きを隠せない。
今まで笑って二人の様子を見てたノブヲの顔も急に真面目になった。
「えっ?」
とキリカが言うのと同じタイミングで、
「み、見ましたぁ。おまえのパンツ見ましたぁ。そ、そして見とれてましたぁ。見とれてたら……、見とれてたら、バイクで車に突っ込んじゃいましたぁ!」
俺は両手で机を叩きながらそこまで一気に吐き出すと、教室を飛び出した。
ノブヲは心配そうに、
「ま、マコト! 待てよぉ」
と言っているが、俺はそれを無視して出て行った。
俺の頬には涙が伝わっていた。
それでも、その顔を見られまいとして下を向いて歩きながら、トイレの個室まで泣くのを我慢した。
個室に入った俺は、声を出さずに顔をぐちゃぐちゃにして泣いた。
俺は悔しかった。
部活を辞めてバイトに没頭して念願のバイクを買った。
今日は俺の青春が始まる日だった。
それなのに、女のパンチラ、それも、俺をいつも小馬鹿にする幼馴染の女のパンチラで一瞬にして全てを失ったのだ。
なぜだ?
なぜパンチラにそこまでの威力があるのだ?
泣いてるの絶対バレてたし。
今まで散々イキがってきたのに?
カッコ悪すぎだ……。
「あは、あはは、あははは、あっ~はっはっはっはぁ~」
俺は声を出して笑った。
これで俺の小者っぷりがハッキリと分かった。
女にモテたいという気持ちが常に空回りして、何をやっても、結果的にカッコ悪い。
自分自身が情けなくなった。
笑い終わると、俺はトイレの便座カバーにドスンと座り、昔を思い出した。