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第一章 風のイタズラに泣いて……その1

「分かってねぇなぁ。男ってもんはさ、女にモテるためにどれだけ努力したかで器が決まるってもんだぜ!」


 先週、俺が学校から帰るとき、友達に言った言葉だ。

 来週から俺はイカした男になる。

 モテる男になる。

 先週の俺はそう決めていた。


 そう、そして俺は今日生まれ変わったのだった。


 今日は風のない穏やかな月曜日だ。


 本来であれば学校なんて行きたくないわけだが、俺は自慢のバイクにまたがって、通学路をゆっくりと走っていた。

 待ちに待ったバイク、俺のバイク、スズキのスカイウェイブだ。

 ラメの効いたメタルブルーの車体は、まあ俺の好みではないけれど、中古なので贅沢は言えない。

 高校一年生の冬休みと春休みを犠牲にしてまでバイトに明け暮れ、やっと手にしたマイ・スカブなのだから。


 ああ、マフラーの音が心地良い。

 もう少しお金を貯めて、もっとイカしたマフラーに改造しよう。

 まさに夢膨らむマイ・ビックスクーター。


 今日から満員電車ともおさらばさ。


 大体、俺のような男の中の男に、電車なんてモノは似合わないのだ。

 今日から俺はバイク通学、憧れのバイク通学だぁ。


 なんてニヤけながら走っていたら、こんな風のない良い天気なのに、歩道を歩いていた女子高生のスカートがひらりとめくれ上がった。


「キャッ!」


 彼女はちょっと控えめな感じで声を上げ、手をお尻に回すと、スカートのすそを押さえ込んだ。

 しかし俺には、彼女のスラリとした白い足に、ややボリュームのある太もも、そして薄いピンクの下着がハッキリと見えたのだ。


 ああ、今日はなんてツイてるんだ。

 マイ・スカブでの初めての通学時に女子高生のパンチラなんて、盆と正月が一緒にきたようだぜ。


 あれ?

 盆と正月でよかったっけ?

 使い方合ってるかな?

 

 ああ、もうっ、そんなことはどうでもいいよ。

 俺の視界には今日の女神様がいつまでも映ってるんだから。


 いつまでも?


 そのとき、


《どどーん、ドスン、ガラガラァ~ン、ごろんごろん……》


 急に天地がひっくり返った。

 背中が痛てえし、頭がぐわんぐわんする。


「大丈夫か?」


 という声がいくつもするが、どれも男の声ばかりだ。


 女神様の声は? 

 しない……。

 今、この状態で女神様が近寄ってきてくれたなら、俺はもう一度言うぞ、今日はツイてる! と。


 でも、そんな期待はむなしく、俺の視界の先には一人の男が映っていた。


 その男は、片方の腕を前にまっすぐ伸ばしたまま、少し首を傾けて俺を見ていた。

 立派なヒゲの偉そうな感じのオッサンだ。


 オッサンは反対車線の潰れた酒屋の前に座りながら俺を見ているが、その伸びた腕はまるで、気功波でも打ったみたいに手のひらを開いている。

 

 こ、コイツ、あれで俺のことを倒したのか?


 確かに俺は何かに吹っ飛ばされたように倒れたぞ。


 そ、そうか。

 俺が緑高校の実質的な支配者だと言うことが知れわたり、俺を倒して名を上げようと考えているのか。

 

 それなのに、俺をバイクごと気功波で吹っ飛ばすとは、何とも卑怯な奴じゃないか。

 ち、ちくしょう……。


 俺は何人かの親切な男たちに支えられながら、なんとか起き上がることができた。

 幸い大きな怪我はないようだ。

 俺は少し手を上げてジェスチャーするように、


「だ、大丈夫です。ありがとうございます。あ、後は独りで大丈夫ですから」


と言って、無残に転がるマイ・スウィートスカブのほうに歩こうとした。


「お、おい、君」


「はい?」


「僕はあの車の持ち主なんだけど、君はちゃんと保険には入っているかい?」


「へっ?」


 見るとそこには、後ろのバンパーが無残に凹んだ赤いポルシェが停まっていた。


「信号待ちの列だったんだけどね、バックミラーで君が突っ込んでくるのが見えたから、急いでクラクションを鳴らしたんだけど。聞こえなかったかい? 何かに気を取られていたんじゃないか?」


 く、くそっ。

 状況が少しずつ理解できてきたぜ。


 俺は女子高生のパンチラに気を取られて、それもクラクションが聞こえないほどに気を取れて、信号待ちの列にノーブレーキで突っ込んだってわけか。

 

 これは痛い。


 俺の背中の痛みや頭のぐわんぐわんなんてどうでもいい。

 痛すぎるのだ。

 だって、俺は……、まだ任意保険に入っていないんだから……。




 警察に事情を聞かれて事故処理が終わったのは昼前だった。

 親に連絡することで、何とか学校には連絡しないで済むようになった。


 俺は、ポルシェの人に、警察官に、そして親に謝りまくった。


 おそらく、自称不良でこんなにも簡単に謝りまくれるのは俺くらいだろう。


 しかし事を穏便に済ませるためには、時にはプライドなんて捨てなきゃならないときもある。

 しかも、俺はいま学校を辞めるわけにはいかないのだ。

 そこには、学校には、本城モトミがいるんだから!


 ああモトミちゃん、モトミ姫、モトミ様、高校生離れしたそのスタイル、テレビに映るモデルやタレントのような小さな顔、いや、本物のタレントとか見たことないけど。

 でも素敵だ。

 素敵過ぎる。

 この俺の初代彼女の座はモトミ様のために空けてあるようなものだ。


 せっかく二年生になってやっと同じクラスになったんだから、今年こそ彼女のハートを射止めてやるぜ。

 と、俺はまだぐわんぐわんする頭でそう考えながら、学校に向かって歩いていた。


 結局、バイクは修理工場に直行になり、ポルシェの修理代金は親に立て替えてもらうことになった。

 わずか一日でマイ・スカブが入院し、借金まで増えるとは、これがパンチラの代償か?

 ヒドイ、ひど過ぎる。


 ならもっと凝視して目に焼き付けておくんだった。


 大体、モトミ様でもない女のパンチラなんて、黒髪に色気のない校則ピッタリひざ丈スカートのパンチラなんて……


 でも見たいものは見たいのだ……


 くそっ、男って生き物は複雑だぜ。


 学校に着くと、皆はまた俺が寝坊して遅刻したと思ってやがる。

 俺が背負っているドデカイ不幸が見えないのか?


 次の夏休みと冬休みをすべてバイトに費やしても、ポルシェの修理代が精一杯で、マイ・スカブの修理代まで稼ぐためには来年の春休みもバイト三昧なんだぜ?


 くそっ、ムカつくぜ。


「よう! マコト。どうした? 今日も寝坊?」


「ん? ノブヲか。……。なあ、ノブヲ、百万くれよ」


「あ? なんだよ、突然。なんかあったの?」


 俺は親友のノブヲに今日の出来事を詳しく話した。

 ノブヲは親が大会社の社長なので、家はとても金持ちだ。

 だから百万くれなどと言ったのだが、まあ、それは冗談だ。

 

 しかし、ノブヲは俺の話を真剣に聞いてくる。それはいつものことだ。


「そっかぁ。パンチラはずるいよなぁ、パンチラは」


「そーとーずるいよ。見ず知らずの女のパンチラなんて、見たくもねえし」


「でも、おまえ見てたし!」


 ノブヲと俺は笑った。

 ノブヲはイケメンのくせしてオタクだ。

 アニメやゲームというよりも科学に興味があるのだ。


 高校に入ると、ノブヲは迷わず科学部に入ったが、俺は中学時代にノブヲに誘われて科学部に入ってしまい、結果全然モテなかったというトラウマがあったので、速攻でサッカー部に入った。

 まっ、夏合宿前には行かなくなっちゃったんだけどね……。


 ノブヲはと言うと、女よりも科学的なモノに興味が偏っていて、せっかくのイケメン力を全く活かし切れていないのだ!

 俺は正直もったいなくて、もったいなくて、俺の顔と変えて欲しいとさえ思っていた。


 だって……、だって俺の顔は体育会系の硬い顔、そうだな、応援団にいそうとか言われる感じで、まったくモテ顔ではないのだ。


 茶髪にしたら顔とのバランスが不自然だったし、ピアスを開けたらホモっぽくなってしまった。


 だから結局、俺は一番似合う黒い短髪のままでいる。


 そして、中学時代は科学部として大人しく過ごしたのだが、ある事情から不良になることを宣言した。


 まさに高校デビューである。


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