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碧き舞い花  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳者:御島いる
第一章 碧き舞い花
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8:アズでの修行

「うるさいっ!」

「静かだよっ!」

 アズ。

 そこはとても静かな、小さな世界。森と小川、ゼィロスの小屋があるだけの隠れた世界。

「騒がしいぞ!」

「音なんて出てないよ!」

 今は少々賑やかだが、『異空の賢者』と呼ばれるゼィロスが独りでひっそりと暮らすために選んだ世界。この世界を見つけるのに、ビズラスは長い年月を要した。そして、見つけたのがエレ・ナパス侵攻の一年前だった。

「まだだ! もっと静かに!」

「無理だよ!」

 セラとゼィロスが何を騒がしく言い合っているかといえば、ナパードについてだ。

 セラがアズに跳んで来てから数日。ゼィロスは彼女に復讐のようなことはやめておけと、アズに留まることを許すから救われた命を大事にしろと何度も諭したが、彼女は断固として戦いを教えろとせがんだ。時には「ゼィロス伯父さんがいればみんな助かったはずなのに!」と涙ながらに訴え、「俺はビズに忠告した。剣術も広めていただろう」と伯父と言い争ったりしながら、根気強く教えを乞うた。始めてナパードをしたいと言ったときもそうだったが、彼女は自分の決めたことをなかなか曲げない。だから、伯父もフィーナリア義弟レオファーブ、それからビズラスもう一人の姪(スゥライフ)のように折れたのだ。

「まずはナパードだ」

 ゼィロスのその一言でナパードの鍛錬が始まった。

「ナパードならできるよ」

 と、セラは言ったが、『異空の賢者』であるゼィロスが教えるのはただの移動手段ではなかった。

「戦闘用のナパードだ」

 赤紫の閃光と共に消えたゼィロスがセラの背後に現れたのに彼女が気付いたのはその言葉を掛けられたときだった。

 正確で精密な、静かなナパード。今、彼女が右へ左へとナパードを繰り返しながら習得しようとしているものだ。

「無理ではない。ビズはお前くらいのときには難なくこなしていたぞ」

「そんなの、ビズ兄様だからだよ……」

 ふくれっ面で俯くセラ。だが、ゼィロスの言葉は厳しい。

「そのビズと同等以上にならなければ、仇を討つことなどできんぞ。ほら、続けろ」

 セラはナパードを繰り返す。あっちへと、こっちへと……。

 それから、数日後。ゼィロスの言葉が否定から肯定に変わった。

「それだっ!」

 言われたセラは何も言わず、体を取り巻く碧い光を、体の感覚を確かめるように自らの身体を眺める。そして、確信したように、もう一度跳んだ。

 そのナパードはとても静かだった。音がしないのはもちろん、空気の震えも小さかった。もちろん、当時のセラはまだ空気の震えなんて感じ取れないから体で感じてはいなかったが、感覚として、それが静かなナパードなのだとはっきり確信した。

「やったぁ!」

 セラはアズに来てから初めての満面の笑みで、その場でピョンッと跳ねた。


 静かなナパードの鍛錬はその後も、彼女が難なくこなせるようになるまで引き続き反復して行っていた。

 そして、セラはそれと並行して剣術の基礎と様々な世界の言語を理解するためのすべを学ぶことになった。

「剣術は基礎しか教えない。強いて言えば、ナパードとの組み合わせまでだな」

「なんでなの?」

「俺は『異空の賢者』だ。異世界の各地に『賢者』や『仙人』、それに類する名で呼ばれるエキスパートたちが存在する。ここで異空間を渡り冒険するための基本を学び、その後は『賢者巡り』だ。様々な賢者に師事し、力をつけるのだ。お前の旅が始まるのはそれからだ」

「それってどれくらいかかるの?」

「さあな。俺がビズを一人で冒険をしてもいいと認めたのは、最初の賢者のところに連れて行ってから七年目のことだった」

「……そんな。そんなに時間なんてかけられない!」

「では、励むことだ」

「……うん!」


 小屋の前では激しく木刀がぶつかり合う。

 剣の持ち方すら知らなったセラだったが、彼女の周りにはビズやズィーがいた。だから、彼らの見様見真似をすることでゼィロスを驚かせるほどの成長速度を見せた。

 はじめはセラの振るう木刀を受けるだけだったゼィロスも三日目には反撃し始め、五日目にはセラに押されるようになっていた。

「はぁはぁ……」

「ゼィロス伯父さん、歳じゃない?」

「ふんっ、戦いはただの剣術だけで――」赤紫の閃光と共に消え、セラの首筋に木刀を添える。「――決まらない」

「あっ、ずるい!」

「明日からナパードを組み合わせる段階に入るぞ。今日は言語理解をして終わりだ」

「はーい」

 様々な異世界に跳ぶ、ナパスの民には特異な言語理解能力がある。ナパスの言葉以外の言葉でも、聞いて理解でき、話すことができ、読むことができ、書くことができるのだ。といっても、それには訓練が必要で一般のナパスの民は聞いて、話せる程度までしか訓練しない。だから、セラがアズで学んだのは読み書きだった。ちょっとした観光ならともかく、冒険者として異空を渡るとなると読み書きまで理解できていなければ不便を被ることになるからだ。これにはセラも苦労したようで、今でも時々だが僕の世界の言葉を読めないときがある。話す分には問題ないけどね。


 ある日の夜。ゼィロスが風呂に入り、小屋の外でセラが一人で静かなナパードの反復をしていた時のことだ。

 セラはゼィロスに尋ねた。

「ねぇ、エレ・ナパスを襲ったのは何者なの?」

 それはちょっとした興味からでもあり、復讐する相手を知っておきたいという想いから出た質問だった。

 小屋の中、ゼィロスは応える。

「奴らはグゥエンダヴィードという世界の住人だ。最近では『夜霧』と呼ばれるようになった。奴らが世界を渡るときに使う航界術ロープスという方法、あのとき、辺りに黒い霧が発生することからそう呼ばれるようになった。元々は異空を渡るすべなど持っていなかったが、あるナパスの民が、ナパードから作り出したロープスの技術を提供した」

「そのナパスの民、たぶん、わたし見たよ。仮面付けてた」

「俺が『異空の賢者』と呼ばれ始めたあたりの頃だ。奴らの噂を行く先々の世界で耳にするようになった。だから、王のレオと妹のフィーに忠告した。お前がまだ、小さかったときだ」

「……すごい睨まれてたのだけ覚えてる」

 セラは小屋に背を預ける形で座り込む。

「ただ見てただけだ。そういえば、あのときつけてた耳飾りはちゃんとつけてるか?」

「うん」

 右側の髪をかき上げ、耳たぶから垂れている水晶の耳飾りを触る。

「大事にするんだぞ」

「そんなの、当たり前だよ。お父様とお母様に貰ったんだから……」

 セラは水晶をキュッとつまんでから髪を元に戻した。

「そうだな。でだ、時が経ち、数年前、エレ・ナパスへ侵攻する準備をしているという噂を聞きつけた。だから、ビズがこの地に気付けるようにわざと大きな揺れを発しながらナパードをした。俺を探していたあいつはすぐに俺を見つけた」

「どうして、自分で伝えに来なかったの?」

「それは、奴らもまた、嗅ぎ回る俺の存在に気付いていたからだ。無暗にエレ・ナパスへ跳べば奴らが警戒し、侵攻の時期を早める恐れがあった。そうなればナパスの民は戦う準備すらする間もなく破滅に追い込まれることになっただろう。ビズをここに呼び出すのでさえ、賭けだったのだからな。あいつらにビズよりも感覚の鋭い者がいなかったことが幸いだった」

「そうだったんだ……」

「……気にするな。お前の言ったことは正しい。俺がいれば、エレ・ナパスの未来は変わっていたかもしれない」

 小屋の中から聞こえる伯父の声は感傷に浸り、やりきれない想いで湿っていた。


「またうるさくなってるぞ!」

「はぁ……はぁ……。戦いながら静かに跳ぶなんて、無理……」

「無理ではない。ほら、いくぞ!」

 音もなくゼィロスは消え、セラの目前に瞬時に現れた。咄嗟にセラはナパードをしてゼィロスの背後に跳ぶが、すでに後ろを向いたゼィロスの一太刀を脇腹に受けるのだった。

「けっふ……!」

 セラは膝をつくが、すぐさま碧き光を放ち、消える。

「どこに跳んだかまるわかりだぞ。正確にコントロールしろ」

 ゼィロスの側面から現れたセラは木刀を振るうが、彼女がどこから現れるか分かっている彼に簡単に受け止められてしまう。受け止められては跳び、受け止められては跳びを繰り返すが、一向にセラがゼィロスの虚を突くことはない。

 ついに彼女は息を切らし、地面に座り込んだ。

「はぁ……はぁ、んぁっ……。静かに跳んでも、空気の震えが分かる伯父さんの不意を突くことなんてできるとは思えない。というか、はぁ、わたしは、おじさんがどこ跳んだかなんて目で見るまで分かんないのに、ずるい」

「そうか、ずるいか……」

 一人考え込むゼィロス。はたと何かを思いついたように口角を上げる。

「では、最初の賢者巡りといこうか」

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