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碧き舞い花  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳者:御島いる
第一章 碧き舞い花
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81:ファントムくん

 眩い光が去っていき、視界がはっきりとしてくる。

 そこはマグリアだった。

「マグリア……?」

 セラは路地に独り立っていた。規則正しく造られた街並みを橙色のランプの光が灯している。夜のマグリアだ。彼女はコロシアムの外に移動させられたのかと一瞬思ったがどうやら違うようだとすぐさま思い直した。

 どこか古めかしい。街灯の数が少なく、間隔が広い。だからか、セラの知るマグリアの夜よりほんのりと暗い。

 さらに、高く、空を見上げると、彼女のサファイアにぼんやりと映るのは紫とピンクが混じった色の空。マグリアの空ではないことは明らかだ。つまり、ここがヒュエリの言っていた幻想師の書物の中にある世界。

「ということは……っ!」

 考えをまとめた彼女が感覚を研ぎ澄まそうとする。と、そうするまでもなく、背後で何かが動いた音がした。

 念のため感覚を集中させるセラ。背後のものが人型の何かであり、人間ではないとわかる。

「なに……?」セラは感じた得体のしれないもの訝しみながら振り返る。「えっと……? ファントム、かな?」

 そこにはまるでパンのような質感の皮膚を持つ、クマのようでタヌキのよう、見ようによってはウサギにも見える人型の白い生き物が三体立っていた。

 真ん丸で真っ黒な瞳でセラのことを見ている。

「ファントムくん!!」三体のうち一体が叫んだ。

 どうやら、目の前にいるこの生物たちが倒すべき幻影霊でいいようだった。

 しかし、セラは乗る気にはなれないでいた。手も、オーウィンの柄に向かわない。

 ヒュエリが作ったファントムは、彼女の趣味なのだろうか、とても愛くるしい。まさに、ファントムくんだった。どうして攻撃できようかと思わせてしまうほどに。

「ヒュエリさん……」これではまともな予選にならないよ。セラはそんなことを思いながら微笑ましくファントムたちを見つめた。

 だが、それを見計らったかのように、ファントムたちの愛くるしい表情が、肉体が変わる。

 口や目は裂けたように鋭くなり、パンのような皮膚が鳥肌が立つようにぶわっと逆立った。手先足先からは鋭い爪が覗く。

「……うそ!」セラは微笑みを引きつらせながらも、瞬時にオーウィンを抜き、戦闘態勢に入る。

 ブァンドォムグン!

 一体のファントムの拳をセラが避けると、地面が砕けた。

 その間に別のファントムがセラに爪を向けてくる。セラはそれを、痣のあるあばらを庇うようにして剣で受けた。

 ファントムの腕力は彼女の想像以上に強い。カタカタとオーウィンが押される。そうしているうちに地面を砕いたファントムともう一体のファントムが飛び掛かってくる。

「っんぁ!」

 その動きは華麗。競り合っているファントムを蹴り飛ばし、飛び掛かって来たファントムの一体を衝撃波のマカで吹き飛ばし、残った一体を真一文字に真っ二つに斬った。

 斬った感触は思った以上に軽く、まさにパンを斬ったのかと思う程だった。

 真っ二つとなったファントムは泡となって消えて行った。吹き飛ばされた二体も建物や地面に跡を残して消えていた。

 何かしら一撃を加えれば倒せる。だからといって気は抜けない。力の強さや俊敏さは並の戦士より秀でている。

「どれくらい倒せばいいんだろ……?」

 セラは独り言ちながらも気を引き締めた。

 彼女が気を引き締まるのとほぼ同時に遠くで大きな爆発音がした。感覚を研ぎ澄ませると、その爆発以外にも、他の戦士たちがファントムとの戦いに励んでいるようだった。

 負けてはいられない。

 セラはひとまず噴水広場を目指しながら路地を進むことにした。


 ざばんっとファントムが用水路に落ちて泡立つ。

 これでセラが倒したファントムの数は三十六だ。

 いまだ他の参加者との遭遇はないが、至る所で戦いの音がしている。時折大きな爆発が起きてマグリアが揺れる。今もまた、用水路の水が細かく上下したところだ。

 水面から視線を上げたセラの瞳に、横道の先をファントムが通り過ぎるのが映った。

 はじめは噴水を目指しながら幻影たちを泡に変えていた彼女だったのだが、どこからともなく湧き上がる彼らの相手をしているうちに噴水からは離れてしまっていた。彼女が今いるのは、規則正しい街並みの奥に魔導書館が見える路地だ。マグリア三大モノクロである魔導書館はセラの知るものと変わらない。書物の著者が生きた時代からずっとこの街を見守ってきたのだろう。

 もしもの場合はあの尖塔の上に跳んで街を見渡してみようと考えながら、セラは白く愛らしい生き物を追うのだった。

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