76:予期せぬ
セラはそのあともう二杯黒酒を飲んで、五杯目を飲もうと新しいボトルを待つ間に酔いが醒め始めた。
「……なんか、ごめんなさい」
「いやぁーすごいね、君は。もう、酔いが醒めたのか?……あ、申し遅れた、ヴォフモガ・ジュ・クルートだ。開拓士団の団長」
「セラフィ・ヴィザ・ジルェアスです」
「セラちゃんも大会に出るんだってな。うちの団の護衛から大会に出る者を呼んでくる。紹介しよう」
そう言ってヴォフモガはその場を離れていった。「待ってる間に飲むなよ」と冗談交じりに言いながら。
「黒酒はまた今度にします、あはは」
「まさかセラちゃんがこんなに酒に強いなんてな」ブレグが麦酒を呷る。麦酒はエレ・ナパスのホピロ酒に近しいものらしい。。
「僕も初めて一緒に飲んだ時は驚きました。すぐにケロッと戻っちゃうもんだから」
「父さん、飲み過ぎないでよ。予選落ちしてもしらないからな」
ブレグを父さんと呼ぶのはもちろん、娘のジュメニだ。ヴォフモガが大会出場者を連れてきたらしい。
ジュメニの声がした方へ目を向けるセラ。「やあ、セラちゃん」というジュメニの声が遠くから聞こえるようだった。別に酔いが回ってるからではない。むしろ、彼女の酔いは一気に醒める。
サファイアが潤み、揺れる。
瞳に映るのは――――。
胸元に輝く立体十字と三つの円。
ハヤブサの名を持つ剣を背負う彼の体は逞しく、騎士の通り名は相応しい。
歪んだ視界の紅は炎が如く。
幼き日の傷はためらっているかのように紅の間から見え隠れする。
――――死んだと思っていた、想いを寄せた少年。
「うそ……」呟きと共に彼女の瞳からは涙が零れる。
『紅蓮騎士』、ズィプガル・ピャストロン。
彼は目の端に涙を浮かべ、驚愕と歓喜の表情を浮かべる。「見つけた……」
ズィーが手に持っていたグラスが滑り落ちて、割れ散った。
それが合図だった。
サファイアとルビーは他のものを映さずに、距離を詰めた。
抱擁。
プラチナにルビーが重なる。
「生き゛、てたぁ……ズィー……! ぅわぁぁああぁああああぁぁ! っは、すん、っふぁああぁあああああああ――――」
「やっと、会えた……。よかった。よかったぁ……セラぁ……」
セラフィもズィプガルもお互いを確かめるように抱き合った。安堵が、驚嘆が、歓喜が、二人を包み込む。
彼の鼓動が、体温が、伝わる。触れられる。声が聞こえる。
その予期せぬ再会に、セラフィはただただズィプガルの名を呼びながら、泣き続けるのだった。
セラがあまりも大きな声を上げて泣いていると、周りの人間がなんだなんだと騒ぎ始めた。しかし、男女が抱き合っているのを確認すると口笛を吹いたり、「おアツいねぇ」などと言ったりして、酒と談笑に戻っていく。
セラとズィーの再会を邪魔しようなんて考える人間は一人もいなかった。ある男を除いては。もちろんユフォン、ではない。まだ熱い抱擁をしたことがなかった僕だって黙って見ていたのに、それなのに、彼ときたらヒュエリ・ティーよりも空気を読めない。
フェズルシィ・クロガテラー。美貌と才能の人にしてユフォンの同期。
「ズィプ。その子が探してた子か? なら、約束通り、大会の後に俺を連れてけよ」
フェズルシィはズィーの肩を掴んで自分の方に向かせると、その透き通る蒼の瞳で紅い瞳を捉えた。
「あ、ああ……わかてっけどさ、フェズ。やっぱ、お前、空気読めなさ過ぎだろ? マジで、今言うことじゃないだろ」
ズィーは頬をヒクつかせて笑みを浮かべて返した。明らかに、怒っているのは誰が見ても分かった。フェズを除いてはね。
「どうした、頬が痙攣してるぞ。疲れてんじゃないのか?」
セラはズィーの後ろで鼻をすすり、涙を拭っていた。感動は最高潮を過ぎ、落ち着いてきている。主に天才美男子によって引き下げられたのが要因だったが。
「フェズ、僕も今のはないと思うぞ」ユフォンは見かねて口を開いた。
「おっ、ユフォンじゃないか」フェズはまるでユフォンの存在に今気付いたかのようだった。「瞬間移動のマカを使えるようになったてな。しかも、司書様のもとで学んでるって。テイヤスから聞いたぞ。ああ、そうだ、お前の知識を頼りたいんだ。第一世代……ん? なんだ?」
ユフォンは呆れた顔でフェズの肩に手を置いた。
「セラ、積もる話がるだろ? ゆっくりするといいよ」
「うん……ありがと、ユフォン」
「あ、えっと」ユフォンはセラからズィーに視線を移す。「僕はユフォン。君が生きてたって分かったからって、僕は諦めないよ」
「?」
ズィーが首を傾げるのを見ると、ユフォンはフェズと二人で渦巻いて、消えた。
「どういう意味?」
ズィーは訳が分からず、セラに向かって首を傾げて見せた。
そんな彼に対して、彼女は頬を桃色に染めて苦笑ぎみに微笑んだのだった。