73:藍色、来たる。
鎮まりきらない砂の粒子と暗い藍色の残滓に橙色が溶け込む。
顔の上半分を仮面に隠した男が、ルルフォーラを抱きかかえていた。「ルル。あなたに死なれては困るんですよ」
ルルフォーラは消えずに薄く残った意識で安堵の微笑みを浮かべる。
「フェース」
セラは確かではないが確信ある彼の名を呟いた。
「『碧き舞い花』ですか……。私、名乗りましたかね? そもそも会ったことあります? あなたの歳ではあの地で会うことは――」
オーウィンを握るセラの拳に力が入る。
「王城の前でね」
「?……」フェースは少しばかり記憶を巡らせて閃いた。「ああ! なぜか王城の前にいた、あのときの――」
「セラフィ。話してる暇はない」
「『闘技の師範』ケン・セイ。私ではあなたには敵わないのでね。ここは退かせてもらいます」
「逃がさん!」
ケン・セイの駿馬は速い。さらにそこにイソラとテムも続く。セラはナパードだ。
四人がフェースを囲んだ。
フェースは動じることなく淡々と口を開く。「囲むことに意味がないことは分かっていると思うのですが?」
「この状況で跳べると思う?」セラが言い返す。
「ナパードを応用してロープスを作ったのは私ですよ?」
フェースが言うと、セラの視界を青白い光が眩く覆った。
「え?」
「!?」
「なに!?」
「なんだ!?」
視界が戻るとセラはフェースから離れた場所に立っていた。イソラたちも同じようだ。
突然、一瞬にして四人とフェースの距離が開いた。
セラは今起きた現象を知っていた。ナパードだ。紛れもなくナパードだった。しかし、彼女たちはフェースに一切触れられていない。それに、フェースも元々の場所でルルフォーラを抱えているままだった。
「おもしろい!」
ケン・セイが長い距離を駿馬で駆けだした。それでも、フェースのところまではすぐには着かない。それほど離されていた。
「焦らないでください。ひとまずこの世界は諦めますが、そのうちまた攻めに来ますから。もちろん、私は戦いませんがね」
「待てっ!」セラは跳んだ。
碧き閃光が共にセラが姿を現すと、暗い藍色の閃光と共にフェースとルルフォーラの姿が消えた。
「ひとときの安寧を満喫していてください」
フェースの声だけが、セラの耳に届いた。
直後には辺りに黒い霧が漂い始め、すぐに消えた。他の『夜霧』たちも退却したようだ。
道場組合の集会所。
邪魔な瓦礫が去っていき、生き残った者たちの手によって屍が集まる。
ボロボロになってしまった前庭には多くの遺体がきれいに並べられていく。
日が沈み、戦いから数時間と経たずに多くの遺体が集まったのは、テムと数人の剣士が分かれて生き残った者たちを指揮したのと、セラのナパード、イソラの超感覚があったからだった。
今もまた、セラは二つの遺体に手を触れた状態で前庭に姿を現した。その首には包帯が巻かれている。
「はぁ、はぁ、お願いします」
息を切らしながら彼女が言うと、前庭にいた数人の男が彼女が連れてきた遺体を丁寧に運んでいく。
「セラお姉ちゃん……そろそろ休んで……」
前庭残り、遺体の在りかを人々に教えていたイソラがセラに寄り添うように腕を掴んだ。彼女もまた疲労困憊といった表情だ。見ようによってはセラよりも疲れている。
「それはイソラの方だよ。わたしは、復興の手伝いできないから、これくら――」
「ダメっ! セラお姉ちゃん、これから大会あるんでしょ? 明日にはヒィズルを出るんだよ! 少しでも多く休まないと!」
「イソラの言う通り」右肩に遺体を担いだケン・セイが後ろに立っていた。「俺の教え受けた者。負けは許さん。そう、言ったはずだ」
「でも……」
「この世界のことはあたしたちでなんとかしないと! ね、だからゆっくり休んで」
イソラに誘われるままセラは縁側を上がる。
「今度セラお姉ちゃんがヒィズルに来たときにびっくりするような町にしておくよ!!」
「びっくりするような町って……」
「あー! そっか、セラお姉ちゃんがびっくりするような町って難しいね、ニッシシシ!」
「もう」
セラはそのまま屋根が残り室内という様相を保つことができた部屋で休むのだった。