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碧き舞い花  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳者:御島いる
第一章 碧き舞い花
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72:求血姫

 セラはどうにか足を抜こうと必死だった。

 まだ、終わってない。

 そして、ルルフォーラはまた強くなった。

 ここまでくればセラにも彼女の能力が分かってきた。


 血を流す程に身体能力が上がる。


 イソラには悪いがさっきの一撃で仕留めるべきだった。

「首でも斬り落とさなきゃね……」

 鋭利な不快感。

 セラの耳元に冷たい囁きが響いた。

 さっきまで地面に倒れていたルルフォーラがいつの間にか、セラに後ろから抱き付いていた。

 首筋に触れる手は血まみれでぬめぬめと彼女の肌を汚していく。

「セラお姉ちゃん!」

「セラ姉ちゃん!」

 イソラとテムが叫び、セラとルルフォーラを囲むように駿馬で詰め寄った。

 しかし、二人の視界からイソラとテムの姿が消える。

 灰。

 ルルフォーラの肌から赤が引いていき、その白さを取り戻している。引いた血が灰となり二人を中心に細い竜巻となったのだ。

「フェースさん、血をくれないのよ」ルルフォーラが口にするのはナトラード・リューラで聞いたことのある名前だった。「攫った渡界人の血も飲んじゃ駄目だって言われて……ずっと焦らされてるってイヤよね?」

 セラの首筋に細月刀が優しくあてがわれる。そして、ゆっくりと、彼女の肌を、小さく、裂いた。「っ……!」

 じんわりと溢れる血が付着したルルフォーラの血に重なる。

「待ちわびた渡界人の血のお礼に、これだけ教えてあげる」ルルフォーラは艶めかしく舌なめずりをする。その瞳は最高潮に燃え揺れている。「求血姫きゅうけつきの本当の能力って、血を失って強くなる方じゃないのよ」

 セラの首筋の血をルルフォーラは舐めた。セラは何ひとつとして抵抗することができない。自分のみナパードで跳ぶことも出来ず、動こうにも、ゆったりと抱き付くルルフォーラの力は思った以上に強かった。

 渡界人の首筋の血は求血姫の喉元を通る。「あら、混ざって……でも、ウィスラーゼィオ(美味しいわ)

「!?」

 セラは耳元で囁かれた言葉に目を見開いた。今、ルルフォーラはナパス語を口にしたのだ。

 続けざまに求血姫はナパスの言葉を喋る。「驚いた? でも、これくらいじゃ言葉が限界。もっと食べれば渡界術だって……っくぁ!」

 突然、ルルフォーラの言葉が止まった。

 セラは目には映らないが、手が、ケン・セイの右腕が灰の竜巻の中に突っ込まれ、ルルフォーラの首根っこを掴んでいるのを感じ取った。マサ・ムラとの戦いから戻って来たのだ。

クィフォ(うそ)……」

 ルルフォーラはぽかんとした顔でセラから引き剥がされていった。

 灰の壁は消え、オレンジに包まれるセラ。

 振り返るとケン・セイによってルルフォーラが張り倒されていた。

 ケン・セイは額から血を流し、服の所々が破け、支えのない左袖は半分以上がなくなっている。マサ・ムラも強者つわもの。そんな彼との戦いのすさまじさを物語っていた。

 ケン・セイは張り倒したルルフォーラにゆっくりと歩み寄る。刀を抜くと、くるりと回転させ逆手に持つ。

 セラをはじめ弟子三人がその鬼気迫る雰囲気に固唾を呑んだ。力を上げたはずのルルフォーラも怯えて腰を抜かしていた。その顔には恐怖の色が見える。

 腰を抜かしつつもなんと逃れようと地面を擦る求血姫。だが『闘技の師範』がそれを許すことはない。

「ぃやぁぁあ!」

 無情なる刃が麗しき太ももを貫いた。それも深く深く、しっかりと地面に張り付けるように。

「師匠! 血を流させちゃ駄目だ! 強くなる!」

 テムの言葉を耳にしながらも、その目は涙を浮かべる美女に向けられていた。

「いや……わたしを、縛らないで…………」恐怖からかルルフォーラはうわ言を口にし始めた。「わたしは、ただ、血が、欲しい、だけなの……」

「息の根止める」

「どうして……みんなだって、へへっ、動物、食べるじゃない……殺して、食べるのに……」

「血を流すだけじゃない」

「わたしたちは、殺さない……。どうして、わたしたちが責められなきゃいけないの?」

「イソラ。テム。セラフィ」

「へへ、みーんな、死んじゃった。へへへ、あの方のおかげ……」

「見ていろ」

「へへへへ、でも、わたしも死んじゃった…………」

 諦めたのか力なく大の字になったルルフォーラの鳩尾にケン・セイの掌底が――――。


 ――――ケン・セイの掌底が大地を盛大に砕いた。

 その衝撃で浮き上がった鍔のない刀の柄を、ケン・セイがきれいに蹴った。

 土埃の中を刀が真っ直ぐ飛んでいく。

 ペキンッ。

 収まっていく砂煙の中、軽い音がして、次いで刀が地面に落ちた音が遠慮なく通った。

 カラン――――。

 セラたち四人はみんな同じ方向を見ている。そこに驚きの表情はなく、全員が何が起こったのかを把握していた。

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