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碧き舞い花  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳者:御島いる
第一章 碧き舞い花
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68:ベグラオとルルフォーラ

 セラがケン・セイの背後を取ったその日の夜。

 ヒィズルに来て四日。セラは自分があと二日もしないうちにホワッグマーラに戻らなければならないことを告げた。

「ごめんね、みんな」

「そっかぁ……残念だなぁ。でも、しょうがないよね。大会、頑張って! セラお姉ちゃん!」

「うん」

「俺に学んだ者。負けは許さない」

「うん」

「ま、セラ姉ちゃんがいなくなっても、大して問題じゃねえよ」

「あ! テム、最低っ! セラお姉ちゃん、テムより強いんだから! 大きな戦力じゃん! 大問題だよ!」

「……いや、セラ姉ちゃんが必要ないって意味じゃねえよ。いてくれれば助かるのは当然さ。でも、いなくても、今のヒィズルの戦力ならまあ問題ないだろってこと。お前だって頑張るだろ、どうせ」

「あったりまえじゃん!! セラお姉ちゃんがいないならなおさら頑張るよ! こんなところで終われないもん!」

「イソラ、無理しないでね」セラは真剣にイソラの瞳を見つめる。「奴らの指揮官は強いから」

「……」イソラはあまりにも真剣なセラに一瞬黙り込んだ後、溌剌と笑った。「大丈夫、大丈夫ぅ!!」それからまた静かになって戦いの最中のような鋭い表情でつぶやく。「大丈夫」

「ま、にしてもだ」テムがこれまた真剣に口を開く。「今の戦力で負けないって言ってもこれは戦争だ。絶対はない。不確定要素もあるしな。女指揮官。戦力としては青い奴より弱いと見て取れるけど、その青い奴を従わせてる。何かあると見た方がいい」

 テムの考えにセラは頷く。指揮官ともなる者だ、ヌロゥの外在力のように飛躍的に身体を強化するすべを持っていることも考えられる。

「不確定要素ならセラお姉ちゃんだってそうでしょ! 相手にとっては突然の助っ人だもん」

「確かにな。今なら俺も楽しめる」

「ってもな、セラ姉ちゃんがいる間に攻めてくるとは限らねえし……」

「……わたしもギリギリまでここにいるから」

 セラは心苦しそうにそう呟いた。実際、彼女の目的はマグリアでのトーナメントへの参加ではなく『夜霧』との戦いだ。本当ならヒィズルの戦いが終わるまでここに残るべきなのだろう。


 しかし、テムの心配は杞憂に終わり、セラの心苦しさも無意味に終わった。


 翌日の午後。日が傾き始める時分。

 何の前触れもなく、黒い霧はヒィズルを這った。

 黒く縁取られた青白い光に縁取られた巨大な空間の穴からは、雲海織りの黒い戦闘服に身を包んだ『夜霧』の軍団が一斉に飛び出てきた。しかも、道場組合集会所の目前だった。敵も戦争を終わらせる気だ。

 その頃イソラたちと町を巡回していたセラは集会所の方に巨大なロープスを見るとイソラたちを置いて駆け出した。「先に行く!」

 道を行く時間などなく、崩れた建物たちが寄り添っている地帯を横切る。瓦礫を跳び越え、壁の上を走り、窓を潜り抜ける。梁から梁へ跳んだ際、跳んだ先の梁が折れて落ちたが問題なく対応する。元々彼女が山や森を駆けていた幼少期を過ごしていたからだろう、遊歩そのものは何ひとつ鈍っていない。

「いやぁあっ!」

「敵襲っ!」

「きゃああぁ……」

「迎え撃て!」

「母上ぇぇーっ!!」

「ネズミ一匹残すな!」

「なんとしても、守り抜く!」

 セラが集会所に到達するとそこはすでに悲鳴と怒号飛び交う戦場だった。これで火の手が上がっていようものならセラにエレ・ナパス侵攻を想起させたことだろう。

 セラはすぐさまオーウィンを抜く。まずは剣士の腕を木端微塵に吹き飛ばした青い肌の尻尾の生えた奴、それからテムの言っていた女指揮官。セラが目標とするのはその二人だろう。

 戦場へ駆け出し、『夜霧』の雑兵を薙ぎ倒しながら強者を探す。

「セラお姉ちゃん!」

 不意にイソラの声がセラの耳に届いた。敵の剣を受け、反撃すると声のした方へ目を向ける。ケン・セイもテムも一緒だ。すでに刀を抜いてばったばったと敵を斬り捨てていた。

「こっち!」イソラが後ろからの斬撃をスラリと交わして、振り返らずに背後に刀を刺しながら叫ぶ。「青い奴と指揮官!! 二人ともいる!!」

 セラはイソラたちのもとに跳んだ。「行こう!」


「くぅーっははっはぁうっ!」

 すでにロープスの黒い霧が晴れた戦場。四人が敵を倒しつつ、イソラの案内で向かった先には確かにいた。

 青い肌で尻尾の生えた男と女指揮官。

 青い男は徒手空拳で辺りをぬらぬらとした赤に染めて楽しんでいた。やられた剣士たちは死体として体の一部でも残っていれば幸い。ほとんどが誰だかわからない肉塊と化し、他者のそれと混じり合っている。その辺り一帯には生臭さが漂い満ちていた。

「ふぉーうっ! かははは!」

 今も青い男は鋭い爪を持ってして、一人の剣士のはらわたを引き抜き殺して、享楽に浸っていた。それはケン・セイの戦闘狂とは違う、殺戮狂とでも言うべき狂気。青いはずの四肢や尻尾はそれが本当の肌の色なのではないかと思わせるように赤黒いシミになっていた。

 殺した男の体を投げ捨てると、地面に落ちた別の臓物を尻尾を鞭のように使って叩き割った。

 ぴちゃ――。

 飛び散った血が女指揮官の頬を汚す。

「ちょっと、ベグラオ。殺すわよ」

 桃色と朱色が上から交互になった長い髪に、セラに匹敵するほどの白くきめ細かい肌。戦いのために動きやすさを残しているものの、装飾の多いドレスのような雲海織りを身に纏い、瓦礫の上に優雅に腰掛けた『夜霧』の女指揮官。静かに言って、部下を燃えるように揺らぐ赤色のまなこで睨み下ろす。

「へへっ、すまねえな、ルルフォーラ様」あるじにベグラオと呼ばれた男は少しばかり落ち着いて謝りの言葉を述べた。

「思ってもないこと、口にしないで」

「へへぇっ、すまねえな」

 ルルフォーラと呼ばれた女は呆れて目を細め、手の甲で頬についた血を取って、それを舐めた。

「まっず……。もう、いいわ。あなたといて汚れないことなんてないのは分かっているもの。あ、ほら、新しいおもちゃが来たわよ。はぁ~、お風呂入りたい。早く終わらせちゃってぇ」

 セラたちに気付いたルルフォーラは言いながらも全くやる気を出すことなく部下に命令する。

「承り! ほんのちょっと、待っててくだせえ」

 向かってくるベグラオに対し、セラはイソラたち三人を制した。「わたしがやる」

「わざわざ一人でやる必要ねえだろ!? 俺たちなら勝てる相手だ!」

「やらせて、テム」

「セラ姉――」

 食って掛かろうとするテムをケン・セイとイソラが止めた。

「やらせろ、テム」

「セラお姉ちゃんだけで十分だよ」

「おいおい、雑魚はこれだから……。どうせみんな死ぬんだ。いっぺんに来いよ」

 ベグラオは首を鳴らして近付いてくる。セラはそんなベグラオに対して口角を上げる。

「なっ!?……ふざけやがって!!」

「ぶははははっ! 俺が、俺が! 終わらせる!!」

 青き男が今にもセラに飛び掛かろうとしたその時、生臭さ漂う戦場に高らかに笑い声が響いた。

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