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碧き舞い花  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳者:御島いる
第一章 碧き舞い花
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65:強者のいる場所

 ケン・セイの刀が空気と共に、散った花を斬る。

 いくつかの碧き残滓が、光りだというのにきれいにスッパリと真っ二つだ。それほど早くしっかりとした斬撃。ナパードという瞬間移動が使えなかったら、今頃セラ自身が赤いしぶきを上げて真っ二つだっただろう。恐らく斬られたという認識すら出来ぬ間に。

「はぁ、はぁ……」合図のない戦いの開始。本気て殺しにきているケン・セイ。彼女の鼓動は一瞬にして最高速を叩きだした。「っ!」

 しかし彼女に休んでいる暇はなかった。背後、跳び上がったケン・セイの蹴りがこめかみに迫っていた。感じ取るままに頭を下げて躱すが、刀を床に突き刺して、その柄に片手をついて体を回したケン・セイの反対の足の踵がセラの肩に食い込んだ。

「ぅっ」

 衝撃に足をもつれさせ、ついには倒れ出すセラ。床に手をついて、ケン・セイから距離を取るように跳ねる。だが、ケン・セイの猛攻が止むことなどない。彼女の腹に駿馬の勢いのままの蹴りが入った。

「ぐばぁ……」体から押し出された空気が少量の唾液を一緒に連れ出す。

 蹴られたまま彼女は道場の壁に弾む。別にすぐ後ろが壁だったわけではなく、そこまで蹴り飛ばされたのだ。そして、弾んだセラに対してケン・セイは張り倒すように上から下に脚を振り下ろした。その蹴りは見事に彼女の首の付け根を捉えて、彼女を張り倒す。

「っぐ……」

 セラは両手両膝を床についてしまう。攻撃することはおろか、防ぐこともできない。オーウィンは手持無沙汰だ。剣を振らせてもらえないのなら、彼女の取ることのできる手段はマカだ。幸い、対応はできないでいるものの、ケン・セイの動きは感じ取れている。今は刀をセラの背中に突き立てようとしている。ひとまず態勢を立て直すために衝撃波のマカでけん制する。それも、魔素を手に集中させている暇がないので、とにかく体中から魔素を放つという荒技で。

「……?」ケン・セイはセラが何かをするのだと感じ取ったのか、刀を引いて自らも離れた。

 道場の空気をセラの衝撃波が揺らす。

 ただ体中から魔素を吐き出しただけの衝撃波のマカはまったく威力というものを持っていない。彼女の周辺の空気を一瞬だけ歪ませただけで何ひとつ傷跡を残さなかった。

「なんだありゃ!?」

「魔法だ! セラお姉ちゃん! すごいっ!」

 セラのマカを見た傍らの二人は各々声を上げる。だが、その声を聞いていられるほどセラには余裕がなかった。全く敵う気がしない。これが本物の強者なのだと痛感する。善悪に関せず、ヌロゥや赤褐色の男もそこにいる。自分はゼィロスのもとで様々な修行をして強くなったが、それは一人で異空を渡るための最低限。まだまだなのだ。

「止まってなんていられない……」

 セラは自分に言い聞かせるように呟き、立ち上がる。闘志みなぎるサファイアは真っ直ぐとケン・セイに向けられる。

 戦いの感覚を取り戻し、さらに力をつけてホワッグマーラに戻る。それがヒィズルに跳んで来た理由なのだ。むしろこのくらいでなければ意味がないと言わんばかりに、セラは口角を上げる。

 それを見たケン・セイはまるで彼女の心中を覗いたかのように口角を上げて口を開いた。「未完の大器。誠意を持って、鍛え上げよう」


 二人の修行、もとい戦いは翌日には道場組合集会所の話題の中心となった。

 なんせ、集会所にある道場を半壊させてしまうほどのものだったのだから、話題の中心にならないわけがない。

 それは集会所の非戦闘員たちの『夜霧』との戦争に対する今後の不安を少しばかり打ち消し、少しばかり希望を持たせることとなった。今現在ヒィズル防衛の要ともなるケン・セイと戦える少女が現れ、しかもその少女は敵ではないときた。彼ら素人の目には随分大きな戦力増強と見えたのは言うまでもない。

 その話題の少女はというと、全力を尽くし道場を半壊させた疲れなど露知らず、朝食も食べずに今もまたケン・セイと剣を交えていた。もちろん、これ以上建物を壊さないように集会所の前庭で。

 セラは完全にナトラード・リューラ以前の感覚を取り戻し、さらにはごく稀にだがケン・セイを押す姿まで見せ始めた。もちろん、セラ自身、ケン・セイが本気ではないことを知っているが、ケン・セイとの戦いは彼女を大きく成長させる。セラはそれが楽しくてしょうがなかった。もちろん、彼女がたった一日、正確には数時間の戦いで復調し、成長し始めたのは彼女の才のなせるわざだろう。

 ケン・セイはケン・セイで、目を見張る早さで再起し、成長するセラに対して楽しくなり始めていた。セラと剣を交える彼の口角は常に上がっている。

 キュイン、ドッ、ピュン、ガズッ、ピシッ、バスンッ――――。

 前庭には金属音や体と体がぶつかる音、それからセラのマカの音。様々な音が朝から鳴り響いていた。

 その音を頼りに話題の少女を見物しようと前庭を見渡せる縁側にたくさんの人が集まり始める。腰に刀を帯びる者、包帯を巻き痛々しい姿の者、あどけない顔を大人たちの間から覗かせる子供。その数を増やしてきた彼らが前庭に降りて二人の戦いに巻き込まれないように、最初から戦いを見ていたイソラとテムが注意を呼びかけて整備する。

「あぶねえぞー!」

「縁側から降りないでぇ!」

「おい、そこ! 子どもを押すなよ!」

「おっと、大丈夫?」まるで見えているかのように、押され出てきた幼女を抱きとめるイソラ。その溌剌とした微笑みは幼女に伝染する。

「うん! ありがと、お姉ちゃん」

「よーしっ、あたしと一緒に見ようか」

 イソラは胡坐をかくと自分の脚の上にその子供を座らせた。

「お姉ちゃん、見えるの?」幼女はイソラの上に座ると彼女を見上げて訊く。

 子供の質問には遠慮というものが無いのはどこの世界でも同じこと。不思議に思ったことは口に出したいのが子供だ。

 あはは、と笑ってイソラは幼女の目を見つめるようにして応える。「見えてるよ! くっきり!」

 彼女は視線をセラとケン・セイに動かし、幼女にもそれを促す。

「ほら見て。二人とも楽しそう!」

「楽し、そう?」

 その感覚は幼女にはさっぱりわからないようだった。


「邪道と異界人……よそ者同士仲が良いことだなぁ」

 低く這うような声が前庭に通り、戦っている二人をはじめ、縁側にいた全ての人間の視線がその声の主を探す。そして、全員の視線が建物の入口の方へと向く。

 声の主は少しばかり虚ろな瞳で前庭を眺めていた。短い髪の男で、名をマサ・ムラといった。テムが以前に師事していた剣士だ。そして、彼の後ろにはヒィズルに跳んで来たセラを襲い、ケン・セイの闘技を邪道だと言った剣士の姿も見受けられた。

「なぁ、ケン・セイ様よぉ?」

 マサ・ムラは表情一つ変えずに、虚ろな瞳にケン・セイを映すのだった。

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