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碧き舞い花  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳者:御島いる
第一章 碧き舞い花
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63:今以上の力を

御島いる、毎日活動報告書いてます。

よろしければどうぞ!

 セラは荒廃したヒィズルの通りを独り歩いた。

 建物は所々崩れ落ちていたが、原形がなくなるほどではなかった。崩れた建物の瓦礫にカラスやネコやイヌなどが顔を突っ込んで食糧を漁っていた。人の姿は見て取れない。遠く、至る所に数人が纏まって動いているのだけが感じ取れる。その中にケン・セイやイソラもいるのだろう。剣士ではない人々は避難しているのだろうと信じて、彼女は剣士教えられた道場組合の集会所を目指す。

 道に迷うことはなかった。ケン・セイの屋敷もゼィロスとセラを含めて四人で暮らすには広かったが、今、セラの目の前にある集会所はケン・セイの屋敷三、四つ分はあるように思えた。なかにはたくさんの人の気配がある。そこで、彼女は建物に入ろうかどうか迷う。跳んできてすぐに剣士たちに襲われたことを考えると異界人の自分が入っていくのはまずいことかもしれないという考えが過ったのだ。

「探しにいくか……」

 建物の前で待っていて中から人が出てきたり、セラのことを知らない剣士が帰ってきたりしたら面倒なことになりかねない。そう考えたセラは感覚を研ぎ澄まし、人の気配がある場所を目指すことにした。

 そうして集会所の前を離れようとセラが歩き出したその時、背後、建物の方から男の声が彼女を呼び止めた。「おい」

 セラは外に気配を向けた自分を恨んだ。人が出てくるとは。襲ってくる気配はなかったので彼女は黙って振り返る。

「ぁ……」彼女は声を掛けてきた青年の姿を見て小さく声を漏らした。「テム?」

 そこにいたのは坊主頭でなく、髪をケン・セイのように後ろで一括りにしたテム・シグラだった。その腰には天涙が差されている。鞘にはイソラが付けたへこみと傷が見受けられる。

「やっぱり、セラ姉ちゃんか」

 テムの声は初めて会った時に比べて低く男らしいものになっていた。背丈も伸び、袖口や裾口、それから襟元から覗く肌色にはいい具合に筋肉がついていた。

「セラ姉ちゃん? 君、わたしのことそんなふうに呼んでたっけ? そもそもあんまり話してないよね」

「まあな。修行中、イソラの奴がずっとあんたのこと話すもんだから俺もつられてそう呼ぶようになっただけ。で、イソラに会いに来たのか? だったら中にいるけど。師匠も」

「ケン・セイの弟子になったの?」

「セラ姉ちゃんが他の世界に跳んだ日にな。で、入るの?」

「わたし、入って大丈夫かな?」

「は? 何言ってんの? あんたならむしろ大歓迎だろ。『夜霧』と戦いに来てくれたんだろ?」

「……」

 セラは頷くこともせずただただ黙り込んだ。実際はイソラと組手をするために来たヒィズルだった。それが『夜霧』に襲われているとなればもちろん加勢するのがセラフィだ。しかし、今の彼女は自分が力になれるか不安でならなかった。期待に応えられるか分からない。戦いの感覚が戻りきっていない今、戦場に立ったとして足手まといにならないとは限らない。ナトラード・リューラ・レトプンクァスからビュソノータスに戻らなかったのもそれが理由なのだから、ここで不安にならないわけがないのだ。

「? ま、入れよ」

 テムはセラに何かを尋ねることはせず、集会所の入り口を親指で示した。


 テムに連れられて入った集会所の中には傷ついて痛々しい姿を見せる人々が大勢いた。怪我の軽い人たちが協力し合ってあっちへこっちへと忙しく動き回って彼らを手当てしてる。その姿を見るセラの心は痛む。『夜霧』に対しての怒りがふつふつと湧き上がる。奴らはどうしてこんなことをするのか。怒りが不安を屈服させるのに時間は掛からなかった。足手まといになろうが全力で戦いたい。そして、少しでも役に立てるようにすぐにでもイソラと組手をするべきだと思うセラ。その表情は厳しく引き締まり、サファイアに強い光を灯す。

「あ゛ぁああっ……!」

 不安を押し殺し、気を引き締めた彼女とテムが一つの部屋の前を通ったとき、苦痛に歪んだ叫びが聞こえた。

 セラは扉のない部屋の入り口をちらりと覗く。そこには片腕の上腕部から下が欠損した男の姿があった。まだ何の処置もされていない腕からは骨や肉が剥き出ててらてらとぬめっている。血も止まっていない。彼を処置しようとする三人の女性はあたふたとしていて、一向に処置が進む気配はない。

「とにかく止血して」

 セラは見ていられなくなり、腰に提げていたクァスティアから貰った薬カバンからナトラード・リューラに漂流したチャチュの葉を磨り潰し、水と共に小麦粉に混ぜた丸薬が入った瓶を取り出す。

「おい」テムは彼女を制止するが、彼女が聞くわけがなかった。

 女性たちが男の脇の下をよった布で強く絞める。

「ひとまずこれを飲んで。鎮痛剤よ」セラは男の残った方の手の上に丸薬を一つ転がす。

 男は苦痛に悶えながらも意識ははっきりとしていて、セラの言うことをしっかりと聞いた。

「わたしは薬草術には詳しいけど薬師くすしじゃない。ここに薬師は?」

「……?」

 三人の女性は首を傾げた。セラが言ってることが分からないようだった。

「薬師ってのは医者のことか?」後ろから見ていたテムが口を開いた。

「あ」ヒィズルでは『医者』という言葉を使うということにセラは気付いた。「そう、医者! いる?」

「もちろんいるけど」

「じゃあ連れてきて。あと、この人の切れた腕はある?」

 セラはテムに医者を連れて来るように頼み、テムが部屋を出ると、今度は三人の女性に尋ねる。

 鎮痛剤の効きは早く、男の表情はひとまず苦痛から解放されたものとなっていた。だから、セラの質問に答えたのは男本人だった。

「腕はない。切れたんじゃないんだ」それは傷口を見たセラにも分かっていたことだった。刀剣のようなもので斬られたのなら切断面はきれいなものだったろうが、この男の傷は切れたというより千切れたと言った方が正しいのが明確なほどぐちゃぐちゃだった。「力負けして持っていかれた。腕としての形は残らなかったさ」

 腕を持っていくほどの力。もしかしたら外在力かもしれない。彼女の頭にはヌロゥの粘っこい笑みやくすんだ緑色の瞳が浮かぶ。その瞬間彼女の背筋に悪寒が走った。それは一瞬だったが明らかなる恐怖だった。今までも何度かヌロゥのことを思い出したことはあったが、今が一番彼を間近に感じたのだ。もし今、奴と相対したら、自分は確実に負ける。そして、次の負けは死だ。今の状態なら雑兵には難なく勝てるだろう。そのくらいの戦いの感覚が戻っているのは先の剣士たちとの戦いで証明済み。それでも、部隊を率いる者と対峙した時勝てるとは限らない。むしろ、負ける可能性の方が高いし、その相手がヌロゥならなおさら力の差は分かりきっている。

 セラは恐る恐る口を開く。「それは左目に傷がある、くすんだ緑の髪の男? 細くて背が高い……」

「? いや、違う。青い肌の、尻尾の生えた奴だ」

「……はぁ」

 セラは男の言葉を聞いて小さく安堵の息を吐いた。かと思うと、そんな自分に対して首を振る。安心している場合じゃない。ヌロゥじゃないにしても強敵に違いない。早く戦いの感覚を戻さないと。そして、今以上の力を。『夜霧』に勝つにはそれしかない。

「?」

 心中、セラが決心をしていると、男と女三人は彼女を訝しんだ表情で見つめた。それを感じたセラはすぐに治療の話をした。

「あ、ごめんなさい。切れた方がないとするとこのまま傷口をきれいにして縫合すると思います。あとは医者の人がやってくれると思います。もう、来たみたいなので」

 セラは部屋の外にテムともう一人の存在を感じると部屋を出て行こうとする。

「セラ姉ちゃん、連れてきた、って、どこ行く」

 入口のところで鉢合わせる三人。テムは入った途端にセラが出て行こうとして驚きの表情だ。医者の男はセラのことは気にせずに、患者のもとへと速やかに歩み寄った。

「イソラとケン・セイのところ。早く連れてって」

「はぁ……」

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