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碧き舞い花  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳者:御島いる
第一章 碧き舞い花
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59:嘘か真か

「あれ、ヒュエリさんいないね」

「うん、霊体になって消えてるわけでもないみたい」

 魔導書館の一番高い場所に位置する司書室。殺風景なその部屋には主はいなかった。

「どこかで仕事かな? 探しに行く?」

「うーん、でも、今日は僕のマカ修行の約束があるからなぁ……君が戻って来たから少し遅れちゃったけど」

「わたしのせい?」セラは小さく眉をひそめる。

「いやいや、そうじゃないよ。僕が遅刻することは別に珍しいことじゃないしね。でも、どんなに遅刻してもヒュエリさんは待っててくれてたし、あの人の方が約束を反故にすることはなかったからなぁ……少し待ってから探そう」

「うん」

 それから数刻。二人は殺風景な部屋でぶらぶらと手持無沙汰にしながらヒュエリが戻ってくるのを待った。

 窓際に歩み寄るセラ。殺風景な司書室からは彩られた規則正しい街が見渡せる。彼女はなんとなく、さっきまでいたコロシアムに目を向ける。ユフォンはユフォンでセラからの受けたアドバイスをもとに同じ場所を行ったり来たり瞬間移動をしていた。彼が瞬間移動するたびに彼の姿が渦を巻いて歪む。そして、七往復したところで息が絶え絶えになって座り込む。

「はぁ、んぁっ……はぁ…………。近場で、七往復……か……」

「これから修行なんでしょ?」ユフォンの荒くなった息を聞いて振り返るセラ。「疲れてる場合?」

「ははっ……セラ。君は意外とスパルタだね」

「そうかな? 普通だよ」

「そういえば賢者巡りをしてたね。君は」

「ヒュエリさんだって賢者だよ。『魔導賢者』」

「まあ、そうなんだけどさ……」

「わたしも予選が始まる前に体動かしたいな」窓際から離れ体を軽く動かすセラ。「マカを使う人と戦うかもしれないんだもんね。ヒュエリさん、組手の相手してくれるかな?」

「どうだろ。頼めばやってくれるんじゃない?」ユフォンは息が整い、魔素をある程度取り込んだところで立ち上がる。「でも、どんなにマグリア屈指のマカ使いだとしても、彼女は魔闘士じゃないからね。あ、ブレグ隊長なんかはどうだい? トーナメントで当たるかもしれないし」

「うーん、前もってどんな戦い方をするか知っておくってことね。それもいいかも……誰か来る」

 セラはユフォンに応えつつ、誰かが司書室に向かって階段をのぼって来ているのを感じ取った。

「ヒュエリさんかい?」

「うーん、これは――」

 司書室の扉が静かに開けられ、セラは言葉を止めた。

「テイヤス・ローズン」

 司書室に入ってきたのは丸メガネを掛けた、青黒い髪を後ろで束ねた司書補佐官だった。彼女の登場にユフォンはあからさまに嫌な顔をして、いつも通りわざわざフルネームで彼女の名前を呼んだ。

「ユフォン・ホイコントロ……それにセラフィさん。戻っていたのですね。お久しぶりです」テイヤスはセラの存在に気付くと深く頭を下げた。

「はい。お久しぶりです、テイヤスさん」

 セラは応えて頭を下げようとしたが、彼女が体を動かし始めるや否や、テイヤスはそれを見ることなく口を開いた。

「ヒュエリさんに会おうとしていたのだったらごめんなさい。ヒュエリさんはコロシアムからの要請で極秘の仕事があるのでトーナメントの予選が終わるまで会えないわ。参加者でしょうから、あなたは特に」セラにそれだけ言うとユフォンに視線を向ける。「ユフォン・ホイコントロ、あなたもね。修行はその間なしよ。いっそのこと、このままここに来なくなればいいわ」

「おいおい、酷いなぁ。君が修行をつけてもらえないからってひがむなよ」

「ひがんでなんていません。あなたの顔をほとんど毎日、この部屋に来るたびに見なくてはならないことが不愉快極まりないだけです」

「嘘だね!」

「嘘じゃないです!」

「いいや、嘘だ!」

「違います!」

「違わないさ! 僕の方がマカを使えるようになって悔しいんだろ?」

「悔しくなんて、ありません! だいたい、私より少しマカが使えるようになったくらいで何を偉そうに! 今度のトーナメントでフェズルシィくんを見て落ち込めばいいわっ!」

「なっ! フェズと比べることはないだろう!……いや! 比べたっていいさ。僕は、あれだよ、フェズにはできない瞬間移動のマカが使える! それだけでもフェズには引けを取らないと言っても過言じゃないね!」

「何を馬鹿なことを言ってるの? 雲泥の差よ。あなたがフェズルシィくんに引けを取らない? 魔具と組み合わせる第三世代のマカが一つ使えたくらいで? せめて第一世代のマカを使えるようになってから言いなさい、そういうことは」

「第一世代!? 君、学院で勉強し直した方がいいな。今の時代誰が第一世代のマカなんて――」

「あら? 知らないの? 天下のユフォン・ホイコントロでも知らないことがあるのね」

「……なんだよ」

「フェズルシィくん……彼ね、もうすぐ習得するらしいわよ。なんでも、今回の大会で優勝するために」

「馬鹿な!? いくらフェズでも、そんな……」

「彼本人から訊いたので事実で間違いないですから。なんなら、今から確認してくるといいわ。今、書架に来ているから」

「……。いやっ! やっぱり、フェズでもそんなこと。嘘かホントかちょうどいい具合のことを言って優位に立ちたいだけだな!」

「嘘じゃありません!」

「嘘だね!」

「違います!」

「いいや、嘘だ!!」

「事実ですから!!」

「二人とも!!」ヒュエリがいないことで自分が止めなければならないことにようやく気付いたセラが声を上げる。そのことで二人の口喧嘩は止まる。「もう、いいかな?」

 二人の喧嘩が再開しないようにセラはすかさずユフォンの手を取った。

「行こう、ユフォン」テイヤスに軽く頭を下げるセラ。「ヒュエリさんにはまたあとで会いに来ますね」

 そして、無機質で殺風景な司書室に花が咲く。

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