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碧き舞い花  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳者:御島いる
第一章 碧き舞い花
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5:黒い霧

 セラとズィーが初めて二人で異世界へと跳んだのは『記憶の羅針盤』授与式典の翌日だった。

 二人が跳んだのは深い森が広がる世界、モーグ。八割が草木で覆われたこの地へと二人がやってきた理由はといえば、デートなんかではなく、セラの薬草採集が目的だ。

 木々や草花は高さも太さも大きさも様々で、エレ・ナパスでは見ることのできないものばかりだった。その光景にセラはサファイアを輝かせ、プラチナを躍らせるが、ズィーはつまらそうにスヴァニをゆったりと、何に向けることなく空を斬っていた。せっかく、師匠であり目標であるビズラスから贈られた一点ものの剣も、虚しくぼぉんぼぉんと風切り音を鳴らす楽器に成り果てていた。

「スヴァニが泣いてる」

「なんか詩的で気持ち悪い……。そんなに試し斬りしたいなら、そこの蔦でも斬ってよ」

「スヴァニは剣だ。鎌じゃない」

 セラが辺りの花や木の実をふむふむと頷き観察し、採取しながらズィーに言うが、大事な剣を鎌代わりに使うのが相当嫌だったのか、ズィーは渋々納刀した。

「じゃ、荷物持ちよろしくっ」

 セラそう言って今さっきまで採取した植物が山盛りに積まれた籠をズィーに手渡す。ズィーもすることがないので素直にそれを受け取る。そして、受け取りながら、

「これで、新しい薬とかできるのか?」

「うーん……それはちゃんと調べた後かな。でも、もしかしたら、未来の英雄様を助けてくれる薬だってできるかもしれないから、しっかり持っててね」

「はいはい、頼んますよ。薬草術師様」

「じゃ、向こうの方行こうか」


 二人は森の中でも比較的明るく、木陰から家の屋根らしきものが見える場所まで来た。セラがこの世界の人と話ができるなら、植物のことなどを訊いてみたいと提案し、二人はその集落を目指すことにした。

 集落の手前にくると、セラがふと疑問を口にした。

「なんか、誰もいないみたい。静かだし、人が生活してる感じに見えないね……」

 その疑問に、ズィーは持っていた籠をセラに渡す。「俺が様子見てくる。ここで待ってろ」

 彼はセラが神妙に頷き始めるのを見るや、その頷きが終わる前に集落に目を向けて、ゆっくりと入っていった。その手は背中に下げられたスヴァニの柄に添えられていたという。


 それから数分。セラは集落の手前でちょうどいい高さの岩に腰掛けて待っていたが、ズィーが戻ってくる様子は一向にない。

 不安になり探しに行こうとして立ち上がった、そのときだ。セラは背後から何者かに口元を押さえられ、グイッと拘束された。

「……っ!」

 咄嗟のことだったが、彼女はナパスの姫だ。何者かに襲われ、身動きを封じ込めらたらどうすればいいのかということは両親、主に父親に教わっていた。「ナパードで拘束から逃れようとしては駄目だぞ」それが父が何度も何度も彼女に教えていたことだった。

 ナパードというのは、基本的に、触れているものを一緒に跳ばすという性質がある。基本的にというのは正確精密にナパードをコントロールできるような、そう、ビズラスのような人間以外の、いたって普通のナパスの民が行うとということだ。

 だから、何者かと体が触れている状態で跳んだとしても、状況が変わることはないのだ。まあ、思いっきり下手くそに跳んで相手をナパード酔いにさせるか、空高くまで移動して落ちるかすれば話は別だろうが、そんなことをすれば自分もただでは済まないことはセラにもしっかりと分かっていた。

 そして、教えの続きはこうだ。

『とにかく落ち着く。殺すのが目的なら、すでに殺されている。だから抵抗せずに、力を入れずに相手の動き、出方に身を任せる』

 彼女は教えを実行して、体から力を抜く。

 すると、背後の人間はセラの行動が予想外だったと言わんばかりに体勢を崩した。力を抜いたセラの体重が、脚の支えを失ったことにより全て後ろの人間へとかかったのだ。力の抜けた人間は意外と重いのだ。もちろん、セラが重いというわけではないということをしっかりと書いておこう。

 とにかく、ナパスの王と王女の教えは虚を突き、隙を作るためのものだったのだ。

 そして教えの効果でできた相手の隙を逃さず、セラは何者かの腕から逃れ、離れる。

 セラを拘束していたのはごつごつとした、無精髭を生やした男だった。

 男は下卑た笑みを浮かべ、何事もなかったようにへっへっへと笑う。

「嬢ちゃん、うまく抜け出したわけだが、どうするよ?」

「……」

「へっへっ……。嬢ちゃんみたいのが俺と戦うわきゃないだろ? へっへ」

 セラは後退りしながら上着の横のポケットを探る。

「ぶっへっへ、ナイフでも持ってんのかい? あぁ、それとも、鎌かい? こんなに草っ葉採って、部屋にでも飾るんかい。外に行きゃ、そこらじゅうにあるってのに? まったく、女のガキが考えっことはぁ、分からんな。へっへ……」

 男はニタニタとしながらセラとの距離を詰めていく。

 セラは足が集落へと続く道の土の感触から草花の感触に変わったところで、足を止めた。

「へっへ、諦めたかい? 今度は大人しくしてくれよぉ、ぶへっ」

 男の手はすんでのところまで迫る。

 だが、彼女の顔に諦めの色はまったくない。っち、この男。絶対にセラの顔なんて見てなかったな、変態野郎め!

 セラはポケットから手を出し、小瓶に入った液体を男の顔に噴霧した。

 不意を突かれ顔面に噴射を受けた男は叫び声を上げながら、両目を押さえた。だが、その叫び声はすぐに鳴り止んだ。男は顔を真っ赤にして、のた打ち回り始めたのだ。口を大きく開けたり閉じたりを繰り返す男はセラを睨み上げながら動きを止めたのだった。

「セラーっ!」

 男が動かなくなるや否や、頬に髪や瞳のように紅いものを付けたズィーが大慌てで駆け寄ってきた。

「大丈夫か!」

「……うん、なんとか。ズィー、どういうこと?」

「こいつら、盗賊だ。ここの集落はもう、使われてなかったみたいだ。そんで、こいつらが寝床にしてた」

 そう言うと、ズィーは足元に倒れる男を足でつつく。

「こいつ、死んでるのか?」

「ううん。一時的に呼吸をできなくさせて気を失わせただけ。生きてる」

「薬か?」

「うん。ジョッツの実とピャオンタを調合したね。本当は過呼吸を押さえるんだけど……」

「そうか、よかった。セラにまで人を殺させたとなったら、ビズにどれだけ怒られるか、分かんねぇからな」

「……ズィーは――」

 そこで言葉を止めるセラ。不思議そうに首を傾げたズィーの頬に手を伸ばす。

「汚れてるよ」

 それだけ言って、頬についた血を指先で優しく拭った。

「あ、おう。ありがとう」

 ポリポリと掻かれるズィーの頬が、今度は内側から紅くなった。

「帰ろっか」

「そうだな」



 エレ・ナパス。ミャクナス湖畔。

 昨日の満月から少しだけ欠けた月が、碧と紅の閃光を出迎える。

 月の光に照らされたエレ・ナパスに黒い霧が漂っていたことに、城下町が昼間のように明るく燃えていたことに、二人はすぐさま気が付いた。

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