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碧き舞い花  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳者:御島いる
第一章 碧き舞い花
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56:ユフォン、跳ぶ

 コロシアムはマグリアの北西に位置している。帝居と魔導学院に挟まれている感じだ。

 ということはつまり、正門との距離は決して近いわけではないということ。それなのに、コロシアム前に着いた二人の耳には開拓士団を迎えようとする人々の歓声が聞こえていた。セラとユフォンがコロシアムに着くまでの間に開拓士団が帰って来たというわけではなく、集まった人たちはまだかまだかと待ちわびながら浮かれ、騒いでいるのだ。

「参加の受付はこっちだよ」

 セラはユフォンに先導されながら、多くの出店屋台がひしめくコロシアム前の広場をくねくねと進んで行く。屋台のほとんどが品物を並べておらず、人もほとんどいない。これから祭りのような騒ぎが行われることを知らなかければ、寂れた市場だと思ってしまうことだろう。

「すいません。トーナメントに参加したいんだけど」

「……」

 受付の席に着く男にユフォンが声を掛ける。しかし、受付の男はやる気のない顔で正門のある方角を眺めていて声が届いていないようだった。

「聞いてる? 聞いてないな、これは。おーい!」

 ユフォンが少し声を張り上げても男は無反応だった。見かねてセラが男の視線の先に顔を挟み込んだ。そのサファイアでしっかりと男の目を見つめた。「あのっ!」

「うわっ! ぅつくしぃっ!!」

 男は頬を染めて嬉しそうに表情を緩ませた。

 ユフォンはそんな彼を見てすかさずセラの腕を引っ張って自分の隣に寄せた。「彼女がトーナメントに参加するから、受付を、頼めるかな」

「ああ。受付ね、いいですよ……えっ!? その子が!? 君の間違いだろ?」

 受付の男はユフォンまじまじと見つめて訊いた。

「剣を背負ってくればよかったね」ユフォンがわざとらしくセラに言う。

「取ってきた方がいいかな?」セラもそれにわざとらしく応える。

「そうだね。この人、疑ってるみたいだから」

「ぅえ!? ちょ、冗談だろ? 本当に君が出るのか?」

「本当に、剣持ってくる?」

 驚く受付にセラは、今度は真面目に訊き返した。

「……」男は少し間を置いて落ち着く。「冗談じゃないようだね。じゃあ、この同意書にサインして。もちろん、読んでから」

 セラは受付から同意書を受け取り、目を通し始める。

「ユフォン、これってどう読むの?」

「ああ、これは――」

 目を通してみたものの所々に日常会話で使わないような言葉が出てくる同意書だ、彼女がすんなり読めるわけがなかった。ユフォンの助けを受けながら『大会で命を落としても大会側は一切責任を負わない』と言った内容の同意書を最後まで読み終わった彼女は筆を手に取りサインをしようとして、動きを止める。

「わたしの名前、この世界の文字でどう書くか分かんないや」とちろっと小さく舌を出した。

「貸して」ユフォンはセラから筆を受け取る。「代筆でも?」

「ああ、構わないよ」

 受付の許可を得たユフォンがさらっと筆を走らせる。サインの欄には達筆の文字が記された。

「うわ、見事な筆使いだな。上手過ぎて読めない。セ、セラフ、イヴ――」

「セラフィ・ヴィザ・ジルェアスです」

「悪いけど、こっちでも書かせてもらうよ」

 ユフォンは肩を竦める。「字がうますぎるのも、問題だね」

「そぅ――」

 セラがユフォンに応えた声は大通りから聞こえたファンファーレと歓声によって掻き消された。

「ああっ! 開拓士団が帰ってきちゃったよ! 見たかったなぁ!」

 受付の男が大声で残念がる。そこには二人に対しての嫌味の念は込められておらず、本当に残念がっていた。そんな姿を見て、セラは声を張り上げて提案する。

「受付してくれたお礼に! 連れてってあげる!!」

「え! 本当かい!? そんなことができるのなら、ぜひ頼みたい! どうせ、人も来なそうだし!!」

「ちょっと酔っちゃうかもしれないけど、いくよ!!」

 セラが男に手を伸ばす。しかし、その手をユフォンが止めた。

「僕がやるよ! 他の世界にはまだいけないけど!」ユフォンは手首につけた、黒みを帯びた水晶が一つはめられた銀細工のブレスレットを示す。それはホワッグマーラの人間が瞬間移動及び異空間移動のマカに使うのに必要な魔具だ。もちろん、ヒュエリ・ティーもつけている。冒頭で書いたように僕が知る限り道具なしに異空間移動ができるのはナパスの民だけだ。「僕も、移動できる!!」

「ほんと!!?」

「ああ、ほんとさ!!」

「お二人さん!! どっちでもいいから!! 頼むよ!」

「じゃ、僕が!!」

 そう言ってユフォンが受付の男に手を触れると、二人の姿は渦を巻くように歪んで、消えた。

 セラは消えた二人の気配を追って、碧き花を散らせる。


「ユフォン、すごいじゃん!」

 ファンファーレと歓声はピークを過ぎたのか少し納まって、場所も場所なので声を張り上げなくとも会話ができる程度の静かさだった。

 帝居に通ずる大通りに面した建物の屋根の上に姿を現したセラは、屋根の上に疲れた様子で息を切らし座り込むユフォンに駆け寄って勢いよく抱き付いた。これはユフォンにとってはとてもうれしいことに違いなかったが、今の彼には少し酷だった。彼が行った瞬間移動のマカは見てわかるように多くの魔素を消費し、疲労が尋常ではないのだ。早いところ呼吸を整えつつ、魔素をその体内に取り込む必要があった。

 セラはそんな彼から離れて頬を掻く。「……そんなに疲れるの?」

「ま、まあ、ね。でも、ナパー、ド、酔い、よりは、随分楽、かな……はぁ、はぁ、ははっ……」

「頑張ったんだね」

「へへっ、まあね」ユフォンは呼吸を整え終える。「言ったろ、いいかっこするくらいならすぐにでも君の役に立てるように頑張るって。もうちょっと待ってって。もうすぐ異世界にも跳べるようになってみせるから」

「それ、かっこつけてるでしょ」

 セラがこういうのも無理はない。彼女が超感覚で感じ取るユフォンの状態はかなり弱々しい。呼吸こそ整ったが、彼から感じ取れる魔素は微々たるものだった。

「……ばれた? はぁーっ!」通りを通る開拓士団とその護衛一行には全く目を向けずに屋根の上に寝ころんだ。「まだまだなんだ。ヒュエリさんみたいに幽体になれればもっと楽なんだけど。幽体になるマカなんてあの人にしかできないしね」

「まずは何回でも跳べるように練習だね」セラはユフォンの隣に腰掛けた。「わたしも最初は近い距離を何度も往復した」

「先達の言うことは偉大だ」

「なんか、馬鹿にしてる?」

「そんな! 僕はいつだって君を尊敬しているさ」

「ふふっ、尊敬って、大袈裟じゃない?」

「大袈裟なもんか。君は偉大な女性だよ、セラ。それでいて、美しい」

「……」セラは顔を染めながらもムスッとした顔をする。「なんか、ユフォン……女たらしみたい。テイヤスさんの言う通り、関わらない方がよかったかも」

「ちょ、これは、僕の心が逞しくなったからだよ。大体、試験よりデートを選んだって話しは……いや、やめとこう。この話は僕だけの問題じゃないからね」

「え、なに? そこまで言ったなら話してよ」

「いいや、これは駄目だ。……でも、どうしてもって言うなら言えることは一つ……いや、やっぱ、それも君には言いたくないかも」

「ちょっと、言ってよ」セラはユフォンを覗き込むようにして彼の顔に影を落とす。

 サファイアの瞳を瞬き一つしないで見つめ返すユフォン。二人は真剣に見つめ合う。先に折れたのはユフォンだった。やはり、彼女の負けず嫌いには敵わなかったらしい。

「ふぅ……」ユフォンはセラを優しく押し戻して、体を起こす。そしてセラの顔を見ることなく、遠く、ただ一つ浮かぶ雲を見つめる「これを聞いて察してくれるかい。……僕は学院時代、テイヤス・ローズンと付き合っていた」

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