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碧き舞い花  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳者:御島いる
第一章 碧き舞い花
56/535

54:朝ご飯を食べに行こう!

 ぼんやりとした橙色の光が窓から優しく差し込む。

 魔導都市マグリアの規則正しい街並みに溶け込んだライラおばさんの下宿。その二階の部屋。

 セラはユフォン・ホイコントロの部屋に姿を現した。

 舞い散る花びらは橙色と混じり合い、筆師の部屋を幻想的に彩る。しかし、部屋の主であるユフォンときたら、愛しき人が舞い戻ったというのにベッドの上でイビキもかかずにぐっすりと眠っていた。

 だがそんな彼を責めないでほしい。セラがホワッグマーラに跳んできたのは『竪琴の森』を除いたすべての草木が眠る時分だったのだから。それにセラが旅立ってからの僕の生活といったら激動そのものだった。朝から晩までヒュエリ・ティーの教えを受け、その合間にテイヤス・ローズン司書補佐官殿と口喧嘩をして、下宿先に戻れば筆を執るのだ。それはもう、激動だった。深夜に起きて酒を飲む余裕もなかったね、あの頃は。と、まあ、僕の話はこのくらいにしようか。

「ユフォン……痩せた、かな?」彼女はユフォンの寝顔を見て呟いた。「逞しくなった、のかな?」

 彼女はユフォンから目を離して、荷物を降ろすと、初めて彼女がこの部屋にやって来たときに座った長椅子に腰を掛ける。そして、懐かしむかのように部屋を見回す。

 静かな微笑み。一変、真剣な表情。

「跳べないか……」

 セラは今さっきまでいたモーグの地に跳んでみようと試みたのだ。しかし、結果は芳しくなかった。『記憶の羅針盤』の助力も得ることが出来ず、モーグはエレ・ナパスのようにその存在を消してしまったらしい。

『夜霧』とは違う、世界を壊す敵がいる。あのナパスの青年は一人でその敵と戦っているのだろうか。ゼィロスはこのことを知っているのだろうか。そんなことを考えながら、彼女は自分が気が付かないうちに寝息を立てていた。


「セラっ!?」

 ユフォンは顔に当たる朝日に目を開けると、朝日を受けその白い肌やプラチナの髪を煌びやかせるセラの姿に驚いて跳び起きた。長椅子に座るセラのもとに駆け寄るユフォン。近付いてみると、彼女の額には汗が浮かび、表情はとても安らかとは言えなかった。初夏ではあるもののマグリアの気温が高いわけではない。彼女は悪夢にうなされているのだ。

「……ん」

 しかし、彼女は目を覚ます程うなされることはなかった。ユフォンの出した声や物音に、悪夢が頂点を迎える前に目を覚ましたのだ。

「ぁ、ユフォン……おはよ」

「ああ! おはよう!! よく戻って来たね。ひとまず朝ご飯を食べようか。どうしよう。カフェかどこかで食べるかい?」

「うん、そうだね」

 二人は、特にユフォンはドタバタと出かける支度を始める。

「ユフォン・ホイコントロっ! 朝っぱらからうるさいよっ!!」とライラおばさんの怒声が聞こえたのはその直後だった。


 マグリアの街は朝から賑やかだった。

 規則正しい赤茶や乳白色の街に色鮮やかな装飾がなされ、街路では奏師そうし団が華やかな音楽を奏でている。

「こんなに賑やかだったけ?」用水路沿いに歩きながらセラが隣りのユフォンに尋ねる。朝食が目的の彼女の背中にはもちろんオーウィンはない。

「何言ってるの、もうすぐ魔導・闘技トーナメントだよ? 毎年こうさ」

「そうなんだ。お祭りみたいだね」

 建物の壁には以前セラがいたときよりも多くのトーナメント関連のポスターが所狭しと張られていた。最初の頃に貼られていたポスターなんかは完全に埋もれてしまっている。

「まあ、そうだね。トーナメントに出ない僕たち市民にとってはお祭りだよ。コロシアムの周りじゃ出店でみせがこれでもかってほど開かれて、大会が始まったら最終日までずっとお祭り騒ぎ。マグリア初夏の風物詩さ」

 セラは頷きながらも疑問を口にする。

「ユフォン、トーナメントでないの?」

 訊かれたユフォンは手をこの前で大きく振った。「そんな、出るわけないよ! 確かに、僕はこの前よりマカを使えるようになったし、今なら魔闘士にだってなれるかもしれない。でも、元々戦うだなんて考えはなかったんだよ!? 出たところで初戦敗退……いや、予選も通らないさ」

「予選?……すぐにトーナメントじゃないの?」

「そうだね。ま、その話は後にしよう。先にお腹にものを入れないとね」

 ユフォンがセラを連れて訪れたのは噴水広場にある小さなカフェだった。二人が初めて酒を飲み交わし、甘く燃え上がる時間を過ごした吟詠酒場とは違った趣の、こじんまりとしながらも洒落た雰囲気のカフェだ。

 ヴァイオリンの音色が静かに響く店の中、窓際の席に腰を掛ける二人。窓枠には朝から堂々と水を吹き上げる噴水がきれいに収まっている。

「マスター。少し奮発した朝ご飯を二人分頼むよ。奮発は少しね」

 ユフォンがカウンターの中で作業をするカフェのマスターに声を掛ける。マスターは恭しく、黙って頭を少しだけ下げた。カウンターの横には小さなステージ。そこには誰も立っていないが、ヴァイオリンが宙に浮きあがり、独りでにメロディを奏でていた。

「この後、どうしようか。ヒュエリさんのところ? トーナメントの会場のコロシアム? コロシアムが先がいいかな。予選の参加締め切りは確か四日後だったと思うし、早い方がいいよな。ちなみに予選は一週間後だね」

「ふふっ」セラは一人で舞い上がるユフォンを見て笑う。「落ち着いて、ユフォン。……それにしても、一週間か。異空の狭間にいた時間が長かったなぁ」

「異空の狭間? なになに? 話してよ。そういえば、君、まだ一年経ってないっていうのに大人びたね。幼さが抜けたっていうか。どこの世界に行ったんだい? その話も教えて」

「わたしもう十七よ。幼さが抜けたって不思議じゃない」

「そうだけど。今の君は僕より二、三コ下くらいに見えるよ。あのときは年相応、僕が今二十二だから、五コくらいの差がちゃんとあるように見えたんだ」

「あんまり変わらないじゃん、それ」

「確かに、そうだけど、その……幼さがなくなって、よりきれいになったってことだよ」

「……」セラは突然の言葉に頬を染めた。ユフォンは言い難くしていたが顔を染めてはいなかった。「ありがと……あ、た、旅の話は落ち着いたら話す約束だから、その、詳しくは話せないけど、どんなことがあったくらいは、今、話してもいい、かな」

 全力の照れ隠しをしたセラ。だが、ユフォンにとってそれはただ愛おしさを生むだけだった。

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