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碧き舞い花  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳者:御島いる
第一章 碧き舞い花
55/535

53:別れ、巡り合い、別れる。

「ギュリ、残念だったわね」

 クァスティアは歩み寄ってきたセラに言う。もちろん、精神を壊したギュリの状態について残念がっているわけではなく、セラがあの男から訊きたいこと全てを訊けなかったことに対して残念だと言っているのだ。

 もちろん、セラもそのことを理解している。「うん」

「寂しくなるわね。セラと一緒に暮らせてよかったわ」

「わたしも、楽しかったよ」

 二人は寂しそうに見つめ合う。でも、その口角は二人とも少しだけ上がっていた。

 そして、二人は静かに抱き合う。

 セラはクァスティアの抱擁に懐かしさを感じていた。幼き日にしか感じることのできなかった、久しく味わうことのなかった、母なるものの包み込むような優しさ。クァスティアからはそんなものが感じ取れた。

 時の流れが、二人が一緒にいれる時間を少しでも増やそうと、わざとゆっくりと流れているようだった。何度、回る光が彼女たちを撫でただろうか。それほど長い長い抱擁だった。

「……!」

 セラは肩口がじんわりと濡れ始めたことに気付いた。それに気付いた彼女もまた、クァスティアの肩口を濡らす。

 二人の頬を流れた雫の二本道が少しばかり跡を残して乾いたころ、二人はようやく体を離した。

「この光の中に入るのよ」クァスティアは回る灯光を見つめて言う。「そうすると、どこか外の世界に跳べる」

「どこか? 行きたい場所には行けないの?」

「そうね。でも、あなたなら跳んだ先から好きなところに跳べるでしょ?」クァスティアはセラの『記憶の羅針盤』を見やる。

「そっか、中継地が必要なんだね。そうゆう移動初めてだな」

「そう……」

 クァスティアはセラに向き直る。セラも彼女に倣って、再び二人は向き合った。

「元気でね、セラフィ」

「クァスティアさんも、元気で」

 彼女たちは再び、今度はスッと軽く肩を抱き合った。

 体を離し、セラは光の前に立つ。そして、一度体ごと振り返って色素の薄い瞳をしっかりと見つめる。クァスティアもまたサファイアを見つめ返す。

 クァスティアがゆっくりと頷いてそのきれいなブロンドをふわりと揺らすと、セラはしっかりと頷き返して、結われていない部分のプラチナを素早く揺らす。

 そして、振り返ると光の中に足を踏み入れた。

 光の回る灯台の最上階には、微笑みながら涙を流すブロンドの美女が残された。


 光の中は眩しくなかった。

 ナパードとは違う感覚。その移動は一瞬ではなく、世界と世界の狭間を見ることもなかった。光り輝くトンネルを浮かびながら通っている。

 セラが流れてゆく光を眺めていると、光が突然途絶えた。真っ白く開けた。その真っ白な空間でセラは地に足を着けることになった。そして、セラの足が地に着いたその瞬間。彼女の足下から世界が広がり、色付く。

 多くの緑の中に色とりどりな色がちらほらと見受けられる。太さ、長さ、大きさが様々な木々や草花。セラは見覚えのある世界の森の中に立っていた。八割を草木で覆われた、深い森が広がる世界。セラフィとズィプガルが『記憶の羅針盤』を手にしてから初めて訪れた世界。スヴァニを背負ったズィーをお供に植物の採集に来た世界。モーグだ。

「!?」

 およそ三年ぶりに訪れたモーグは様子がおかしかった。

 草木は大きくさんざめき、地面は大きく縦横無尽に揺れていた。セラは近場にあった樹木を支えにして立ち、この地に何が起きているのか観察を始めた。超感覚も研ぎ澄ませてとにかく情報を得ようとした。

 すると、人の気配を森の中に感じた。セラはホワッグマーラに跳ぶ前に、ひとまずそこに跳ぶことにした。

 セラは跳ぶとすぐに屈んだ。プラチナの上を剣が通り過ぎる。オーウィンの柄を握り、刀身を露わにしながら、セラは剣を振るった人間を見つめる。

 それはセラよりも三つ四つ離れた青年だった。まさに流水のような水色の髪にエメラルドの瞳。腰にはたくさんの鍵がついた鍵束が下がっている。そして、何より目についたのは、その首から垂れる『記憶の羅針盤』。

 セラはオーウィンを抜ききり、振り上げようとする。だが、そうしようとしたとき、その青年が口を開いた。

「ストップっ!」

「っ!?」

 セラは咄嗟のことだったが、動きを止めた。もちろん、相手が動かないことをしっかりと感じ取った上でだ。

 二人は互いに剣を納め、正対する。

「久しいな……」青年が口を開く。「悪いな、奴かと思って。そしたら、まさかナパードを見れるとは。同じナパスの民として忠告しておく、悪いことは言わない。すぐにこの世界を出ろ。この世界はもうすぐ壊れる」

「壊れる? どういうこと?」

「言葉のままの意味。それじゃ、俺、行くから」青年はそう言うとセラに背を向けて揺れる世界を歩き出す。すると、腰の鍵束がじゃらんと鳴った。「またどこかで会ったら、そのときはいきなり襲わないから安心しな。お前の気配は覚えた」

「ちょっと待って。奴って『夜霧』の誰かのこと? もしかして赤褐色の大男? あ……そもそも、エレ・ナパスが滅んだこと……」

「知ってる。今は跳べなくなってる」青年はあっけらかんと言った。「それと今のところ俺とお前の敵は違うな。んじゃ、急ぐから。お前の方も頑張――」

「ちょ――」

 言葉の途中で、さらにはセラの言葉を聞くことなく、青年は鮮やかな群青色の閃光と共に姿を消した。

「なんなのよ?」

 青年の態度に苛立ちを覚えながらも、さらにひどくなる揺れに立っていられなくなったセラは仕方なくモーグから跳ぶ。それしかすることがなかったと言った方が正しいかもしれない。

 そして、彼女が目指した先はもちろん――。

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