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碧き舞い花  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳者:御島いる
第三章 ゼィグラーシス

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529/535

525:去りゆくものたち

 ピシっ…………。

 ようやくセラに愛剣の呻きが届いたときには、遅かった。

「ふん゛っ……!」

 血にまみれた裏拳と、血走った瞳が二人の分化体セラを消し去った。そして振り下ろされていた本物のオーウィンを背中に這わせた大剣で、防いだ。

 ピュィン――――!

 オーウィンが、折れた。

 黄色い光が散って、セラの中を通って行った。

 そうして黄色い空間に一人立ったセラは、振り返る。

 去り行く光に手を伸ばす。

 光は粒の集合体。それでも彼女は名前を呼んだ。悲痛な叫び。

「ビズ兄さまっ!」

 サファイアから涙が零れ散った。

 光は止まることなく、遠ざかり。

 暗転。

 戦場。

 無音。

 拡大されていく空間の中のように、時は流れを緩慢にする。

 セラは膝を落とした。

 折れて宙を回り舞っていたオーウィンの切っ先はセラの傍らに落ちた。

 ヴェールが去った。

 セラの手から切っ先を失ったオーウィンの柄が滑り落ちた。

 仲間たちが彼女の名を叫んだ。

 揺れに支配された世界。安寧という概念を忘れた世界。

 ガフドロは深く荒い息で、膝をついたセラを見下ろす。

「剣は、力に、ついて来れなかった……」

 喉を詰まらせたように一度呼吸を止めるガフドロ。続ける。

「半血とは言え、やはりマスターの血。今は比肩しなくとも……この機を逃す手はない……脅威となる前に、摘ませてもらう……!」

 大剣が振り上がった。

 セラは自らに落ちた影の動きに、呆然と顔を上げた。

 大剣が振り下ろされた。

 大地の揺れに合わせてぶれる白刃が迫る。

「セラっ!」

 ズィーがナパードで二人の間に現れ、大剣を受け止めた。彼の竜化はすでに解けていた。空気だけだ。

「退くぞ! 今回は諦める! 世界が持たない!」

「邪魔だ!」

 ガフドロが振った腕がズィーを吹き飛ばす。再びセラに影を落とすガフドロと大剣。セラはまだ我を取り戻せずにそれを見つめていた。

「っぐう!」

 ズィーがガフドロに体当たりをして、二人して地面に転がる。

「その身体でまだあんな力残ってんのかよ……俺がおいしいとこもってげねぇじゃねえか」先に立ち上がるズィー。「……じいさん! セラを!」

 ヅォイァはすでにセラに肩を貸していた。「言われずとも!」

「早く!」ユフォンが光の球の前で腕を大きく振る。

 ヅォイァは折れた剣を残し、脱力するセラを引きずるように歩きはじめた。世界の揺れは激しさを増し続け、ヅォイァの前進は明らかに遅れていた。

 それを見たユフォンが二人の元へ駆け寄り、ヅォイァの反対側からセラの肩を支えた。

 光の出口を目指す。

「逃がすかっ……」

 遅れて立ち上がったガフドロは倒れていたわずかな時間で回復したらしく、よろめくことなくセラとヅォイァに向かって歩を進める。

「させるか!」

 ズィーがガフドロを止める。しかしすぐに瞳の力に排斥されてしまう。それでも諦めず、彼は騎士としての勤めを果たす。

 何度も、立ち向かう。

 歯が立たない歯痒さを噛みしめながら。

 姫を護る。

「いい加減にしろっ!」

「ぐぁ!……うぅぅ……」

 立ち上がろうとして、転ぶ。

「ズィー!」ユフォンが顔を後ろへ向けて、叫ぶ。「君がナパードで! 全員で! 帰ろう!」

「そっか……その手があった……!」

 ズィーは立ち上がりスヴァニを納めると、セラたちの元へ跳んだ。

「行かせるかっ!」

 ガフドロがまとまった全員を見た。

「いかん!」

 ヅォイァがセラを離し、背中へ回り込む。そして相棒ヅェルフを地面に突き刺し、強く握った。そこへ神の目の力が襲い掛かる。

「ぐぉぉおおおおっ……ぬぁっ……くぅあ゛っ…………!」

 じりじりと後退しいく中、ヅォイァは背後の三人に告げる。

「行けっ! 老いぼれの、『碧き舞い花』の剣の! 最後の仕事じゃ!」

「駄目だヅォイァさん、あなたも一緒でなければセラが――」

 ズィーがユフォンに触れて、首を横に振った。「行こう」

「……」友と視線を合わせると、ユフォンは苦渋の表情で頷いた。「わかった」

 それを見ると、ズィーはユフォンとセラと一緒に光の球の前まで跳んだ。

 紅き花びらに、碧の花びらが混じっていた。それにユフォンとズィーが気づいたときには、セラは呆然としたまま、オーウィンの亡骸のもとにへたり込んでいた。そうして切っ先と柄を胸に抱く。

「ぉ兄様ぁ……」

「セラ!」

「あいつ!」

「ジルェアス、嬢……」

「馬鹿な奴だ」

 崩壊間際の世界。四人の男がセラへと向かう。




 兄の形見を抱く白金の髪。

 もう少女と呼べる年齢ではないのだが、その姿はあどけない少女のようだった。

 瓦解してゆく世界で、そこだけが、その少女を包む空間だけが神秘的なものだった。

 終わりとは儚くも美しい。

 そして無下だ。




 セラに向かって歩みを進めていた四人。

 最初にたどり着いたのは、ガフドロだった。

 影が落ちる。

 紅が散る。

 花と血。

 二つの紅が、美しく、勇ましく、散った。

「……」

 セラのサファイアに光が戻った。セラは我に返った。

 そして目の前の光景に目を見開く。

「ズィーっ……? ズィー!」

 悪夢が過る。だが、それは振り向いた彼の、力のない笑顔で霞む。

「セラ。先、帰ってろ」

 ズィーはそう言うと、ガフドロに抱き着いた。

「なにをっ!」

「考えてみればよ、お前を先にこっから出しちまえばいい話だったんだ!」

 ズィーは光の前に跳んだ。

 そのまま揺れる世界に任せるままに、光の球へと倒れていく。

「二人ともセラを頼む! 特にユフォン! 頼ん――」

 ズィーの声は最後まで届くことなく、光の中に消えていった。

 またも時間が緩慢になるのを感じるセラ。ユフォンが駆け寄ってきてなにかを言ったが、彼女の耳にはなにも入らなかった。

 世界の崩壊の音すらも。

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