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碧き舞い花  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳者:御島いる
第三章 ゼィグラーシス

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517:最後の悪夢

「夢幻でもいいから、逃げれる準備はしておいて、お願い」

 セラは幼馴染二人にそう言い残してその家を後にする。そして次の家からはやり方を変える。

 記憶の羅針盤を服の中にしまう。ナパスの民、姫という身分はみんなの励みにはならないと知った。ならば、賢者評議会の一員として動くまでだ。

 この変換は功を奏した。

 ナパスの民たちは皆一様に縋るようにセラの手を握り、静かにむせび泣いた。セラはその度に「もうすぐです」と声をかけ、気持ちだけはナパスとして彼らをしっかりと抱擁したのだった。


 二日目からはルピにも手伝ってもらい、ナパスの民への呼びかけはその日に終わりを迎えた。早かった。しかしそれはセラが知るナパスの民の数には到底及ばないということの表れでもあった。戦士はあの悪夢の日に大方が命を奪われてしまっているが、それを差し引いても少ないとセラは感じた。

 ロープスを用いるための座標集めに使われたナパスの民。クァイ・バルで息絶えていた青年をセラは思い出す。彼だけでなく、多くのナパスが行ったきり帰らぬ者となったのだろう。

 それに家の中には弱りきり動くこともままならない者もいた。恐らくは衰弱で亡くなった者もいるのだろう。

 セラは心を引き締める。

 第一は今はここにいるすべての民を救うことだ。

 皆を安全な場所へ、そして未だ戻らぬ故郷へ帰す。そこでみんなで弔いをする。民も戦士も。すべてのナパスの。


 三日目。

 セラは作業をしながらずっと、兵士たちの会話に感覚を向けていた。今までイソラがやっていたこと。イソラには劣るが、監視についている兵士の数は少ない。近場をルピに任せ、セラは出口のある塔とその付近の兵士を重点的に感じ取っていれば補えた。

 そしてついにセラの耳にその情報は入る。

『明日だよな、バギィズド隊長率いる第一部隊が来るの?』

『ああそうだが、なんだ?』

『なんか用意した方がいいのか、俺たち?』

『そんな話は聞いてないな。監視長に聞いてみるか』

『そうだな』

 明日。

 セラはその言葉を頭に強く刻みつけた。


 その日の夜。セラは監視長が兵士を集め最終確認をする集まりに意識を集中させる。

『俺たちは昼までいつも通りだ。昼まで役立たずたちの監視をして、それで第一部隊と交代。選ばれし精鋭たちが世界を壊すあれやこれや……よくわからねぇけどそういう作業をして、あいつらはなにも知らないまま世界と消える』

『世界を壊すあれやこれやって、だから俺たちこんなとこの監視やってんすね』

『ああん?』

『…‥ぁ、すんません』

『いや、いい。本当のことだ! がーははははははっ』

 耳障りな大爆笑を最後にセラは集中を閉ざす。

「なんだって?」

 麻布に仰向けに寝転ぶルピが尋ねてくる。

「明日の昼過ぎみたい。そこから世界を壊す作業をするみたい」

「セラは真っ先に隊長のとこ行くんだろ? それでオーウィンを呼ぶ」

「うん。ルピはみんなをお願い。監視の兵より精鋭が来るから、勘づかれちゃうかもしれないけど。ズィーやイソラたちも来るから。それと救護班も来るから弱ってて動けないような人は後回しでもいいかも」

「了解。さ、明日に備えて寝ようぜ」

「うん」


 エレ・ナパス。

 燃え盛る、故郷。

 これを最後の悪夢にする。

 セラは夢の中に立ち、決意にヴェールを纏う。

 対峙するは赤褐色の髪を、故郷を燃やす炎のように盛らせる大男。

 追い続けてきた、仇敵。

 ガフドロ・バギィズド。

 終わりへの情動が夢へ影響を与えたのか隣にズィーはおらず、セラとガフドロの二人きりだった。

 オーウィンを握る手に力が入る。

 ガフドロは大剣を肩にカツカツ当てながらセラに近づいてくる。

 セラも距離を詰めていく。

 そして先に動く。

 碧き花を散らし、ガフドロの背後にオーウィンを振り下ろす。しかし、ガフドロは予想通りといわんばかりに反応し、大剣で背中を守る。

 セラはすぐさま消え、ガフドロの懐に姿を現す。

 振り上がるオーウィン。

 ガフドロの籠手と小気味いい音を奏でる。

 二人は押し合うが、セラがすぐに押されはじめ、彼女は膝を地につけた。

 そこへガフドロが大剣を振り下ろす。

 時が、止まる。

 セラは後方へ。ガフドロから離れた場所で大剣が地面を抉るのを見た。

 セラは駿馬で駆け出した。彼女の蹴りが、ガフドロが上げた大剣の峰に収まる。

 そうするとセラは大剣を足場にガフドロの頭を跳び越える。その最中オーウィンを振るい、ガフドロの背を鎧もろとも一文字に裂いた。

 膝をつき、大剣で体を支えるガフドロ。背後に立つセラへ一太刀食らわせようと大剣を振る。

 狙いも定まらず、空を斬るはずだったその一撃がセラの視界の端でなにかを斬った。

 淡い黄色の輝きでできた人影だった。

 光の人影は細かい粒となって、風に舞う花びらのように消えていった。

「ビズ兄さまっ……!」

 誰とははっきりとしないはずのその人影は、セラには明らかにビズラスだった。光の粒たちに手を伸ばすが、なに一つ掴めなかった。彼女はその場で両膝をつく。

 彼女に大男の影が落ちた。

 怒りと共に睨み上げ、オーウィンを振るおうとしたところでセラは気づく。オーウィンがその手にないことに。

 振り上がる大剣。

 目を瞠るセラ。

 紅に視界が染まった。


 そこでセラの目は覚めた。

 目覚めて早々、セラは地面を拳で打った。

 うなされた嫌な汗が、額を流れた。

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