513:群青と黒
「あれって、ノーラとシーラだよな?」
ズィーが誰に聞くでもなく、疑問を口にした。
セラはそれに応える。
「姿はそうだけど、中身は……リーラ」
そう。遠く浮遊する双子の中身はバルカスラの女神リーラだ。一度殺されかけたその相手の気配を忘れるはずがない。
何気なく、だが恐らくはセラの気配を感じて、双子がその真っ黒な瞳をセラたちの方へ向けた。
「ってことはあの鍵の――」
ズィーが喋っている最中だったが、セラは仲間たちを含めた空間を急いで拡大した。あの視線から逃れるために。
時がゆっくりと、ゆったりと。
止まった。
戻った。
「――力か……っ!?」
喋り終えたズィーは横で起こった轟音に驚く。彼が目を向けると、大地は抉り消されていた。
遅れて全員が驚愕する。何が起きたかは誰もわかっていない。だからセラは間髪入れずに口を動かす。
「みんな逃げて! ヌロゥ相手とはわけが違う! 伯父さんに言って全員この世界から逃げないとっ――ぁっ!」
セラの前に、見知った双子が突然現れた。セラがそれを感じ取り視認した時には、二人の拳が顔面に迫っていた。逃れる手立てはない。
双子の背後にわずかにズィーとテムが見えたが、二人は空間を拡大した時のように止まって見えた。他のみんなも同様なのだろう。
セラには目を閉じる時間もない。まるで止まった時の中、双子もといリーラ神のみが動いているかのようだった。
「セラ……そのままな」
耳元に囁き声。セラは助かったと思った。
本当に時が止まる。トラセードによって。
そして一瞬の時の拘束からの解放。
セラはエァンダと共に、神から離れた場所に立っていた。
「ありがとう、エァンダ」
「……」
エァンダはなにも言わず、セラの後ろから前に出る。彼の長い髪はらせん状の金具でひとまとまりになっていた。そしてタェシェを握る右腕に包帯の白はなく、黒一色だった。
「エァンダ?」
「ここは俺がやる。お前らは早くここから出ろ」
「駄目! エァンダも逃げなきゃ!」
「大丈夫だ。ちゃんとお前らのとこに行くから」
「大丈夫じゃない! エァンダでも神には――」
「俺には悪魔が憑いてる。やりあえるさっ!」
双子がエァンダに蹴りかかった。それを彼はタェシェで受け止める。
「な? 大丈夫そうだろ?」
「……じゃあ、わたしも! 一緒に!」
セラはエァンダの前に躍り出て、オーウィンを振る。ノーラとシーラは飛び退いて避ける。
「以前より馴染んでいますね、人の子よ」
ノーラとシーラが同時に口を開き、リーラの声で言った。
「でもまだです。未熟。だからそれを恨みなさい」
そこまで言うとエァンダの方を向く神。
「汝からは異様な力を感じますが、それも、神には到底及びませんね」
「おいおい、俺たちもいるんだぜ!」
ズィーがうるさくシーラに斬りかかった。だが、たやすく手で払われた。
「んなっ……!?」
地面の転がり、立て直した彼にセラは言う。「ズィー、それにみんなも! ここはわたしとエァンダが! この世界にいる全員に避難するよう、伯父さんに伝えて!」
「ふざっけんなっ!」たった一撃ではあるがかなり体を痛めたらしく、ズィーはふらつく。スヴァニで身体を支えて吠える。「俺はお前を守る騎士だ! 俺は残るっ!」
「ズィー!」
「みんなは行ってくれ! ヅォイァのじいさん! セラの命令だ、聞くんだろ?」
「……もちろん、しかしズィプ、君も」
「うるさい! 行け! 俺は平――」
ズィーの背後から一本の光が刺さって、力なく彼は倒れはじめた。それを、そっと支えたのはサパルだった。
サパルはズィーを支えながら、もう一本、鍵を束から取った。
そんなことは全く考えていなかったセラには勘を働かせることもできなった。
セラにも、光が刺さった。
「サパル、さん……なん、で……」
ヴェールが消える。体の力が抜け、視界がぼやけていく。エァンダに支えられたようだ。そんなセラの耳に会話が入る。
「エァンダ……無理するなって言ったのに」
「いや、本当に無理すんのはここからだ」
「それで、ここは収まるんだな?」
「と思うぜ」
「……」
「今度はどこにも行かないから安心しろよ」
群青のナパードで跳んだ。
「セラを任せる」
「ああ」
エァンダからヅォイァに支えられるセラ。薄目で、去っていくエァンダを見る。口を辛うじて開く。
「エァン、ダ……」
か細い声だったが、彼にはしっかり届いていた。彼は振り返ることなく左手をひらりと振った。
「ここから離れてくれ。仲間まで攻撃するかもしれない。俺じゃなくなるかもしれないんだ、これかすることは」
そうエァンダが言うと、サパルが全員を促し移動をはじめる。
ヅォイァに担がれ遠ざかっていくエァンダを力なく見つめるセラ。
双子と対峙するエァンダは気配を爆発させた。群青と黒が彼を取り巻く風となっていた。
そして彼の髪を止めていた金具が砕け飛び、ばらけた髪が流水色から黒くなったところを最後に、セラは意識を失った。




