510:八対一
いまさらですが、『碧き舞い花//並行譚』も併せて読んでいただけるとより楽しめると思います。
「ジュラン、プライさん、どうして!?」
彼らの登場は嬉しいが、セラはどうしてビュソノータスの二人がこの場にいるのか疑問に思うばかりだった。いや、辺りに新しい気配が増えだしたのを感じる、二人だけではないようだった。ビュソノータスの援軍だ。
「あの朱色の髪のボウズが寒さに震えながら頼みに来たんだよ」
「ユフォンが?」
「ああ、そういえば」ズィーが思い出したように言う。「他にも行く場所があるとか言ってたな、あいつ」
「俺たちにも同じこと言ってたよ、彼」とプライ。
ユフォンは評議会の仲間たちを呼び戻しに回っているはずだが、他にも協力してくれそうな世界を回っているということだろうか。
「ま、んなことはどうでもいいだろ」ジュランは細い剣を抜いてヌロゥに向ける。「で、どうなんだよぬらり野郎。俺たちも混ぜてくれるのか?」
プライも二本、剣を抜いた。「否定されても、こちらの答えは変らないけどな」
「くくっ……」ぬらっと笑い隻眼を歪ませ、くすんだ緑髪を揺らすヌロゥ。「これもまた一興か……さぁ、来いよっ! まとめて殺してやる!」
宣言したヌロゥは手に持つ二本の剣と同じものを、さらに二本出現させた。空中に。そして、手に持ったものも手放し、浮かせる。
四本の歪んだ剣が、揺蕩う。セラが見たフェースのものとは違う、空気で剣を浮かせているようだった。「あれも外在力の使い方か」とズィーが呟いたので間違いなさそうだ。
最初にジュランが突っ込んだ。
そのすぐ後ろにプライが続いていく。
空中で自在に動ける二人の天原族は合わせて三本の剣で、四本の歪んだ剣の相手をした。そうしてヌロゥ本人ががら空きとなった。違う。二人の天原族の素早い連携を持っていしても、ヌロゥには手を出せていなかった。
だが、こちらは八人。増援の二人を除いても六人だ。
手隙となったヌロゥへ、ズィーが落孔蓋を足場に駆け上がり迫った。いつの間にか竜化していたようで、瞳が竜のそれになっていた。そのうえ空気を纏い淡く輝いている。
「がら空きだぜ!」
「愚直な騎士だな」
ヌロゥは迫る『紅蓮騎士』を前に、空気を纏う。そして振るわれるスヴァニに向けて手の平を向けて出す。
ハヤブサが止まる。
空気の壁だ。
「んなの、ンベリカのに比べりゃどうってことない!」
ズィーは体から空気を放つ。二人の空気が押し合う。そこから巻き起こる乱れた風が辺りに散る。風向きの定まらない暴風に、空を舞うジュランとプライも羽を止め、顔を覆った。
そして弾ける。
ズィーが押し負け、吹き飛ぶ。だがその結果が訪れるより早く、セラは行動を起こしていた。彼の背後にピタリと突つき、逞しい背中に手を置いていた。
「ズィー、そのままね」
「ぅお……ぉっ!?」
セラはズィーと共に後方へ拡大のトラセードで移動した。そして再び、ネルにはあまり使うなと言われている拡大のトラセードによる前方向への移動を行った。
まだ振り下ろしていたズィーのスヴァニが、弾けてなくなった空気の壁の内側に入る。
「っ!……っくぁ」
ヌロゥは咄嗟に腕を前で交差させ真っ直ぐな太刀筋を受けたが、傷つくのを防ぐだけに留まり、地面に急降下した。
下には四人の戦士が待ち受ける。
金属の刀剣が二本、魔素の剣が一本、棒が一本。
「他愛もないっ!」
右目を大きく見開き、地面に向かって腕を振り下ろす。空気が飛び、四人に迫ると一帯を土煙に包んだ。
「危ないっ!」
セラはズィーの後ろから跳び去り、土煙の中に花を散らす。
視界が悪い中、オーウィンを振る。ぴたりとヌロゥが空気によって操る五本目の剣に当たった。しかし増えたのは一本だけではない。全てを受け、仲間たちを守るには体一つでは足りなかった。この場面で分化が使えればなどと考えている暇もなかった。
ヌロゥの狙いはセラを煙の中へ誘いこむことだったようだ。新たに出現させた剣に意識を分散させ、動きを鈍らせるのが目的。
意識はしていた、しっかりとその気配を捉えていた。しかし仲間を護ること、そしてセラのあとから一人が煙の中に入ってきたことに大方の注意を向けていたことで反応が遅れた。
セラは盛大に腹を蹴られ、土煙から斜め上方へ吐き出された。
「セラっ」
彼女の身体はプライによって空中で受け止められた。
「ありがとう、プライさん……ジュランも!」
セラは明けていく土煙の中、薄っすらと見えだした姿に感謝の言葉を投げかけた。
ジュランが背中の六つの翼を大きく広げ、土煙と八本の歪んだ剣を払い飛ばした。
「礼なんてしてる場合かよ」
セラはプライに支えられながら、ジュランの言葉に頷く。
ジュランによって守られた仲間たちは、すでにヌロゥに向かっていた。ズィーもだ。
これだけの実力者を相手に、傷は一つもなく、不利を被らない。
ヌロゥ・オキャの底はまだセラにはわからなかった。




