508:想いが砕く
「すぐ終わる? ズィプガルよ、わしは今セラを圧倒しておったのだぞ? お前とて変わらぬ」
「やっぱ、カッパか……。竜化できたんだな。それも俺よりもすげえ」ズィーの纏う炎が大きく揺らぐ。「ってんな場合じゃねえか。時間がない。けど、ひとつだけ確認だ、カッパ!」
「ん?」
「ンベリカは……あいつは、最後の最後には評議会の賢者だった。あんたはどっちだ!」
「どっち? 質問の意味が分からんな。わしに二択はない」
「そっか。それならよかった。躊躇ってる時間もねえからよっ!」
落孔蓋を足下に、ズィーはカッパに迫る。
「はっ、愚か! 竜化もせずに敵うわけなかろうっ!」
カッパが竜尾刀を大きくしならせ振り下ろす。ズィーはスヴァニではなく、腕を振り上げた。熱気と共に、風が吹き荒れる。
「んなっ!?」
振り下ろそうとするカッパの腕が、空気と押し合い、拮抗する。その体勢は誰がどう見ても隙だらけで、主と同じく炎をその身に宿したハヤブサが、緑色の身体に襲い掛かる。
「ぐぬぁぁっ……!」
鱗が剥がれ飛び散り、カッパの腹が裂ける。が、それも一瞬。カッパが身体に力を入れるとたちまち傷が塞がり鱗も新しく生え揃った。
「クソガキっ!」
カッパは竜尾刀を握らない拳をズィーに向けて突き出す。
顔面を狙うその鱗の拳に対し、ズィーはただその拳を見つめるに留まる。ただそれだけで、竜の拳が止まるのだ。
触れていない。
それでカッパの拳は止まっている。
セラはカッパの手とズィーの顔の間に熱気が集まっているのを感じ取っていた。そして一人思う。空気の壁……護り石の壁みたい、だと。
またしても隙だらけで止まるカッパを、ズィーは身体を翻して蹴り、地面に落とす。
「っぐ」
カッパは受け身の代わりに地面に小さく広がった水溜りに飛び込んだ。
「ズィー、気をつけて周りの水玉のどこから出てくるか、わたしでもわからない」
「マジか、セラでもかよ……って、なっ!」
「がっ」
飛び出してきたカッパを、ズィーは見ることもせず殴り、再び地面に落とした。今度は受け身を取って着地したカッパは、ズィーを見上げる。
「俺が言うのもなんだけど、お前うるさいぞ、カッパ。空気揺れ過ぎだ」
「そうか……お主は空気を感じ取るのであったな。ならば……」
宙に浮いていた水玉たちが、天板になりかけていた水たちも、地面の水溜りも。辺りの水が騒めき出した。
バシャバシャと音を立ててはしゃぐ。セラにならその音が判断を邪魔するものとなるが、ズィーにとってはその揺れ自体がそれとなる。
「『ゴォル・デュオン』……もうちょっとだけ力貸してくれよ。これで最後だっ」
ズィーはスヴァニを大きく薙いだ。火炎の竜巻が彼を中心に巻き起こり、水を蒸発させていく。
火炎が散る。そして紅の花も散る。
事態に茫然としていたカッパの背後に、ズィーが立つ。セラからしてみれば、そのナパードは子どものものと言えた。実際、遅れながらもカッパは振り返り、竜尾刀をズィーへ向かわせていた。
今度は空気を使わずに、ズィーはカッパの竜尾刀をスヴァニで押す。
鍔迫り合い、になるかと思われた。
だが、炎をその身から剥がしたズィーがカッパを押していた。外在力が、深い竜化を勝っていた。
「ばっかなぁあ……! 竜の力だぞっ!……こんなことが……あるわけっ……」
「竜の力? ざけんなっ! 本物の竜人はもっと、強い!」
ズィーがカッパを押し込み、カッパは膝を着く。
「竜の民など、わしから見れば幼き存在!……ぬぐぅ……わしが上でなければ道理が、合わぬっ! お前もだ紅蓮のガキっ!」
「ガキでもっ! 俺は背負ってんだ!」
ぶわっと風が吹き荒れる。竜尾刀の刀身に亀裂が入った。
「お前たちが殺した竜人たちの想いも、ンベリカのほんとの気持ちもっ! 全部! 技に込めてんだ! 重さが違えのなんて、ガキの俺でもわかんだよっ!」
その時、なにも口にしていないのにも関わらず、ズィーの瞳が竜の眼となった。淡いはずの空気の纏わりも、わずかばかりだが色を濃くした。
「想いならばっ! 家族を想うわしが負けるわけがないっ!」
カッパが持ち直し、ズィーを押し返そうとする。だが、ズィーは更なる力で押し返した。白き刃の亀裂は走る。
「受け止めてねぇだけだろ!」
亀裂は大きく広がっていく。
「足を止めて!」
ペキ……。
「後ろばっか見てた!」
ベキ。
「戻らないもののためになにをするべきか、あんたは間違えたんだよ!」
バキッ!
竜尾刀は粉砕され、スヴァニがカッパを袈裟斬りにする。
「んんん゛っ……!」
苦痛に血走った一つ目で彼を睨むカッパを睨み返し、ズィーはスヴァニから血を払う。
「受け取ったものと一緒に、俺たちは前に進む」
ズィーから空気が離れ、瞳も戻った。
「うう゛ぅぁあああっ!」
カッパが叫ぶ。身体に力を込めていた。セラはそれが再生だと知っている。まずいと思い、油断するズィーを助けに行こうと、地上に戻ろうとする。だが、必要なかった。
赤紫の閃光と共にワシがカッパの首を掻っ攫った。
「おっ、ゼィロス」
「……ズィー、まだ生きていた敵を前にどうして気を抜いた」
「え? 勘。もう大丈夫だって思った。な、現にそうなった。それにやっぱすぐ終わった。俺、そろそろ、勘の賢者になれっかも、なんてな」




