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碧き舞い花  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳者:御島いる
第三章 ゼィグラーシス

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507:カッパを止める者

「ここからはわしが、武器を用いよう」

 こぽこぽこぽ……。

 中空に浮いた水玉にいれた手を引くカッパ。そこから金属とも鉱石とも違う、骨で出来た鞭のような白き剣が引き抜かれた。

「竜人工芸の大傑作……括目せい、これが竜尾刀」

 ひょんっ――!

 カッパはつんざくような音を立てて鞭で地面を打った。

「いたぶり殺めるには最適の武器じゃ。ユキメとサユキの無念……お主たちを苦しめた忌々しき異界人を、こやつでわしが殺めてやるからのぉ」

 どこか儚く天へ向けて言ってから、カッパは竜の眼をセラに向ける。

「セラよ、お主ではないのだがな、代わりに殺されてくれ」

「……カッパ」

 セラは一つ目の奥に悲痛な想いを感じながらも、どこか憐れに思った。テングも口にしていたが、異空を脅かすようなことが亡くなった家族のためになるはずはない。きっと二人もそれを望んでいない。しかし、彼は聞く耳を持たないだろう。止めるしかないのだ。セラにはもうそれしかできない。それがせめてもの、カッパの救いになるはずだから。

 カッパに集中しつつ、ゼィロスの気配を探る。だが伯父を感じられない。最後は伯父が、終わらせてくれる。その時を迎えるために気配を抑えているのだろう。もしくはセラの感覚が呪具によって正常に発揮されていないか。

「いくぞセラ! 長い戦いになる!」

 カッパが竜尾刀を携え、迫る。途中、振るわれた剣がいち早くセラに伸びる。それを潜るように躱すと、セラは続くカッパに掌底を向ける。そうしながらセラのサファイアはカッパの剣を持つ腕に注視していた。彼が、腕を引いていくのが見える。そしてひゅんと、音がした。

 鞭が翻り、その切っ先をセラの背に向けてくる。

 セラは目を向けずに身体を逸らした。躱せた。呪いで違和感はあるが、感覚は問題ない。

「っ!」

 セラの頬が裂けた。翻ってきた竜尾刀の切っ先が、カッパの前で水の穴に入っていた。そしてセラの顔の横から出てきたのだ。

 これにセラは反応できていなかった。それでも頬を裂くだけに留まったのは、宣言通りにいたぶろうというカッパの思惑の表れだろう。

 竜尾刀がカッパに引かれ、それぞれの穴をするすると戻っていく。

 セラは目の前で武器を手元に戻す敵の腹に蹴りを繰り出す。だが、腕に阻まれる。そのまま押し返され、宙をふわり舞う。

 着地の直前、敵の刃が彼女の脚に巻き付き、捕まえた。

「っぐ」

 鞭はしなり、彼女を地面に叩き落とす。その衝撃もさることながら、彼女の脚は刃に斬られ、血が滲む。

「ふぁっ!」

 カッパがその場で地面の水溜りを殴ると、セラの下の水溜りから拳が突き上がってきた。そのままカッパ自身も飛び出して来て、セラと共に宙に浮いた大きな水玉を目指す。

 再び水の中に入れられるのはまずいと、セラはその水玉の前に術式で壁を作った。脚を上げ、壁を蹴る。カッパから離れ、落ちてゆく。

 カッパが術式の壁を突き破り、水の中に消えたのを見送ると術式を用いて空中に立つ。

 水の中に潜むカッパの動向は追えない。出てくる瞬間を、集中して待つ。

 背後。竜尾刀が風を切る音がした。カッパ本人は出てきていない、剣だけだ。躱してもまた水玉を使われる。セラは受けることにした。

 閃きの剣だ。

 魔素を一瞬だけ剣の形にして受ける。すぐさま消して、剣が出てきている水の玉に衝撃波を放つ。中にいるカッパには恐らく通じていないだろうが、水玉は細かくわかれて消えた。

 戻しきれなかった竜尾刀が水玉から離れて落ちていく。そこへ、カッパが別の場所から出てきてその手に取り、また水の中に消えた。

 今度は本人も共に出てきてセラに迫った。セラは魔素の剣で応戦するが、自ら消す前にカッパの力によって壊された。そして通り過ぎ、また出てきたカッパをまた魔素の剣で受ける。

 そうしてセラを中心に行き来するカッパとの攻防は次第に速さを増していく。カッパ本人の爪と、まるで別に意思を持つ生物のようにうねる竜尾刀。その速さに、セラの魔素の剣の生成は間に合わなくなってくる。

 そしてついには追い付かず、セラはその場で顔を腕で覆うことしかできなくなってしまった。せっかくキノセに治してもらった身体、またも細かく傷つく。

 普段のセラならばこの状態でも対処できただろう。しかし、窮地にこそ呪具がまさしく枷となり、反撃に移れない。

 どれぐらい経っただろうかと思うほど長い間、セラは耐える。体感する時間だけでなく、現に、カッパが言ったように長い戦いとなっていた。

 戦いに集中できてない。これほどにも人は連続する苦痛に耐えられるのか。それとも麻痺してしまっているのか。セラはそんなことを考えていた。

 ヴェールも気付かぬ間に消えていた。

 それでもなんとかしなければいけない。なにか打開策はないのだろうか。なにか、カッパを止める手立ては……。

 腕の中から目を細めて、カッパを追う。

 ふと、視界の端に紅が閃いた。

 荒々しいナパード。空気が大きく揺らいで、プラチナを揺らした。

 カッパがセラの正面で止まった。

 ――熱い。

 変態術を持つ彼女がそれを苦しむことはないが、隣から焼かれるような熱を感じる。セラは防御態勢を解く。立ち上がると、ふらついた。すると隣で落孔蓋の上に立つ『紅蓮騎士』が支えてくれた。

「ズィー……」

「遅れてわりぃ……」ズィーはセラを見ることなく、神妙な面持ちで言う。「ンベリカの、最期だったんだ……」

「……燃えてる」

 セラを支えるズィーは炎を纏っていた。それが熱気の原因だった。

「あーっと、そっちか。まあ、いいや。これのこともンベリカのことも、あとで話す。この炎、ここじゃ長く持たないんだ」

 ズィーはここでようやくセラを見る。真剣な表情だが、口角がわずかに上がっている。

「一人で立てるか? ちょっとそこで待ってろ。すぐ終わる」

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