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碧き舞い花  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳者:御島いる
第三章 ゼィグラーシス

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505:カッパの本領

 とにかく水場からカッパを離すのが得策だろう。セラはそう考えた。そして恐らくは伯父もそう考えていたことだろうとも。敵もそうはさせないために動くだろうとも。

「伯父さんはみんなのところに戻って休んで。カッパは……わたしが」

 わたしが。その先をセラは口にできなかった。結果的には逃がしてしまったが、同族であるフェースに対しても容赦なく首を撥ねることができた。それでも、カッパにも同じようにできるかと考えると、躊躇いが彼女の中に生まれる。

 ゼィロスも命を奪うつもりで戦っていたとカッパは言った。やはり自分は甘いのだろうか。刃を向けて立っている状態にまで来ているのに。目の前の男は紛うことなき敵なのに。

 これまでも裏切りに心痛めた。それでも双子とは戦えた。あのときとの違いは明白だ。それがセラに新しい躊躇いを与えている。

 殺めることなく捕える。セラはずっとそのつもりでいた。裏切り者で、情報を引き出せないからといって簡単に斬り捨てる。本当にそれでいいのか。

「駄目だセラ。その役目は俺にある。意固地になっているわけじゃないぞ。お前に友殺しの汚名など着せない」

「友殺しっ?」カッパが鼻で笑い、やれやれと首を振る。「ついさっきわしに殺される寸前だったお前が言うか、ゼィロス。セラに任せた方が可能性は高い。とはいえ可能性が高いというだけのことで、最後に立っているのがわしだということに変わりはないがのぉ」

「水があればでしょ?」セラはキッとカッパを睨む。「わたしたちは渡界人よ。この場所に留まるわけがない」

 セラはゼィロスに向き直り続ける。

「伯父さん、最後はお願いね。それまで休んでて」

「足手まといか? 一緒にやるさ」

 ワシの大剣(ヴェファー)を構えるゼィロス。だが、セラは彼の前に剣を出して制する。

「せっかく気遣ったのに本当のこと言わせないでよ、伯父さん」

「ん?」

「…………足手まとい」

「んな……、そ、そうか…………そうだよな、このざまでは、な。ふふ、ふはは……わかった」

 乾いた笑いと共に小さく何度も頷くゼィロス。

「評議会の運営で戦いから遠のいてたから、しょうがないよ」

 セラがそんな彼に慰めとばかりに微笑みと共に放った一言。セラは気付いていないが、それはむしろ傷口を抉ったようで、ゼィロスは青い顔をして剣を下げた。

「頼んだぞ……セラ」

 セラは自身の名前がゼィロスから出るよりも早く、花を散らしてカッパの懐に入った。

「容赦ないのぉ、セラよ」

「まだ、もやもやしてるっ!」

「っは、無自覚とはのぉ! よかぁあ!」

 カッパの爪とオーウィンが甲高い音を立ててぶつかる。

「そっちは無警戒ね」

「はて?」

 首を傾げるカッパ。

 セラはナパードをした。


 二人は天に留まる水の下から離れた場所に姿を現した。居住区からも出て、大通りだ。

 避難所となっている訓練場は近くになってしまうが、それでも周りに建物がなく、水が溜まった場所も少ないだろうとセラはこの場所を選んだ。

 本来ならば外の水気のない世界へ跳びたい所ではあったが、襲撃の影響か外の世界に出ることはできなかった。

「ほほう、確かに無警戒だった。お前に触れるべきではなかったのぉ……と言いたいところじゃが、これほどのこと、造作もない」

「まあそうよね……あの場所を水浸しにしたのもカッパなんでしょ?」

「さいだ」

 カッパはセラから離れる。その体表からは水が滴り、辺りに拳大から指先代くらいの大きさの水玉となって飛び散る。いくつかはその場に漂い、いくつかは大地へ、いくつかは天空へ。

「場は自ら整える」

「じゃあ、整う前に倒す」

「できるかのぉ? わしを水だけの男だと思うな。それに」カッパは懐へ手を入れた。そして何の変哲もない葉っぱを一枚取り出した。「竜人の世をただ滅ぼしただけだと思わぬことだ」

 カリッ、カリッ、カリッ……。

 カッパはその葉っぱ、逆鱗花の葉っぱを全て口にした。

「そして忘れるでないぞ、わしがどこの世の生まれかを」

 カッパの顔が前後に伸びる。一つ目は竜の眼となり、嘴の中には鋭い牙が覗き、ぬめっと湿っていた緑の肌は鱗に覆われた。その背には翼まで生えた。

「この姿を見た者はどこの世を探してもいない。なぜなら、すべて殺したからだ。お前もその仲間入りだのぉ、セラ!」

 飛翔して迫るカッパは速く、セラは動かずにその場で敵の拳をオーウィンに受けた。その膂力に腕に痺れが走った。姿もそうだが、明らかにズィーよりも深い竜化だ。

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