504:オーウィンの所有者
あの力はない。でも、呼べることは知っている。
オーウィンは意識ある剣ではない。
それでもトラセークァスではその手に呼び込むことができた。ヴェィルから引き継いだ力の片鱗がそうさせた。思えばあれは触れないナパードだったのだろう。つまり剣の意思でなく、セラ自身の意思の方が重要だった。
フェ―スと戦ったあの間隙の空間で、ビズラスの輝く面影からオーウィンを受け取ったことが、セラの心境に影響を与えていた。その意思をより濃くした。
――もう、わたしの剣なんだ。今まではナパスのために、ビズ兄様のオーウィンを借りてただけ。でも、今は、形見であることには変わりないけど、それでも、しっかり託された。
「剣のもとへ送ってやろう」
カッパがセラの足から手を離し、彼女の上方へ泳ぎ出る。手に渦巻く水を携え、セラに向かって掌底を繰り出す。
――オーウィンっ!
「なにっ!?」
セラはカッパの掌底と共に放たれた衝撃波を、碧き花と共にその手に納まった愛剣を振ることで躱した。そして、振られたフクロウは緑の手首を一刀両断した。
水中に血が踊った。苦痛に身悶えるカッパ。セラはその間に外へ出ようと上方の出口を目指し泳ぐ。息も限界が迫っていた。トラセードを使う。一気に水溜りに行き着く。
だがゼィロスの姿を目前にしながらも、触れることができない。壁に阻まれた。やはり抜けられるのはカッパのみか。
下を振り返るセラ。カッパは未だに身体を縮こまらせている。その傍らに、緑色の手が浮いている。セラの勘はその手に反応した。
セラは再びオーウィンをトラセードを付加して投げた。狙ったのはカッパではなく、切り離された彼の手だ。その投擲は実に見事で、手の平の中央をピタリと串刺しにした。
そして遠のくオーウィンをセラは自身のもとへ呼び戻した。オーウィンだけしか戻らないのではという不安もあったが、杞憂だった。セラはカッパの手を自身の手に持つと、水面に押し付けてみた。
勘は当たった。
セラの手はカッパの手につられて水溜りを突き出た。彼女の腕をゼィロスが掴み引き上げる。セラは盛大に息を吸い込む。呼吸はすぐに整う。そして真理を冗談っぽく言う。
「カッパの手、持ってた方がいいかも」
「その本人は?」
セラはゼィロスと共に水溜りに意識を向ける。足元だけでなく、一帯の水溜りのどこから地上へ出てくるか、カッパはさすが潜入者といったところでうまく気配を殺している。
「……そもそも」セラたちから離れた場所で、カッパがぬっしりと地上へ身体を出した。「フェースが任されているはずのセラがいる時点で警戒しておくべきじゃったのぉ。フェースの奴がしくじった。そう失敗する男ではないが、相手が相手、無いとは言えん。つまりは、奴に代わり、わしが果たすべきということじゃな、あのお方のために」
カッパは言い終わると、全身に力を込めた。ぬめりとした肌に血管が浮かび上がり、その連鎖がある一点に向けて身体を巡った。
腕の先。
そして、不快な音を伴って手が生えた。
「欲しければくれてやるぞ、手の一つくらい」
「……言われなくてもそうするつもり」
セラは一瞬ためらいながらも、行商人のカバンの中へ緑色の手を詰め込んだ。




