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碧き舞い花  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳者:御島いる
第三章 ゼィグラーシス

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503:宝の持ち腐れ

 キノセを伴って夜のスウィ・フォリクァに舞い戻ったセラ。ひとまず非戦闘員が守られる訓練棟の前だ。

 すでに訓練棟には壁が張られていた。マカや術式、鉄鋼門などをもとにした半透明なドーム状だ。ジュコの小人たちが作った装置により発生していて、魔導・闘技大会でチャチ・ニーニがオルガストルノーン・Ωに放たせた光の球にも耐えうる防壁を、僅かな熱をその装置に与えることによって生み出している。

 そして防壁であるとともに、中への空間移動に対しての障壁にもなっている。だからセラは棟の前に跳んだのだ。

「キノセ、念のために身体診てもらって」

「お前が言うか、ジルェアス。傷だらけでよ」

「わたしは大丈――」

「いいから、ちょっとじっとしてろ。そしたらお前の言うこと聞いてやる」

 キノセは言って、懐から指揮棒を取り出す。そして、優雅に振るいはじめる。するとセラの耳にとても穏やかな落ち着く音楽が染み入ってきた。

 癒しの音だ。キノセの動きに合わせて、後ろで編まれた彼の所々が黒い白髪がゆったりと揺れる。それが止まると、セラの身体から傷と疲労が消えていた。前回セラがその効果を体験した時は飲み水に掛けられていたもので、効果は薄かった。これが本当の癒しの音なのだ。

 セラは落ち着いた声色で言う。「ありがとう、キノセ」

「……ああ、これで俺は参戦できねえな。ほんと疲れるよ、癒しの音。しかも本意気だから尚更な」キノセは言葉通り明らかに疲労しているが、務めて平静を装って笑う。「ってことだから、ジルェアス。頼むぞ、俺の分まで」

「もちろん」

 言ったセラはオーウィンを抜くとともに碧きヴェールを纏う。没頭の護り石の力もあるが、状況も気分も彼女をそうさせるには充分だ。

 そのままセラは辺りに感覚を巡らせる。そうして表情を一瞬厳しくした。そのまま低い声でキノセに「じゃあ、行くね」と言って、彼女は察知した伯父の危機へと、舞った。


「動かないで」

 セラは伯父に迫る敵の背後から、首筋にオーウィンをあてがった。いっそのこと気付かれていないままに、その首を撥ねてしまいたかったが、敵が敵だったためにそうしなかった。

 裏切り者。カッパ・カパ・カッパー。

 捕えて情報を聞き出す。そのためにゼィロスも戦っていたのだろうと。

「セラよ。絶好の機会を棒に振ったのぉ。わしを今の瞬間に殺しておくべきだったぞ?」

 後ろを見ぬまま言うと、カッパの姿がまるで地面に穴が空いたかのように落ちていった。下には水溜りがあった。辺りも水浸し、そして宙には天井のように水が板状に浮かび留まっていた。

「ゼィロスもわしを殺すつもりでいたのだから」離れた水溜りから姿を現すと、カッパは歪んだ笑みを浮かべた。「ああ、そうか。お主は裏切り者でも命を大事にするのだったなぁ。甘いのぉ……お主が『輝ける影』でなくてわしは命拾いしたがな」

「ビズ兄様は関係ないでしょ」

「否。かのナパスの英雄ならば、今の瞬間に非情なる暗殺者となっただろう。状況を瞬時に判断し、その、音なき剣で」カッパは自らの首の前で手を水平に振る。「宝の持ち腐れ。主を選べぬ剣も憐れよのぅ、セラよ。どうせなら」

 カッパが水溜りに消え、セラの足下からぬっと顔を出した。そしてフクロウに手を伸ばす。

「わしが有益に使ってやろう」

 セラは腕を引き、カッパの手からフクロウを逃がす。が、カッパの伸びた手と反対の手がセラの足首を掴んだ。

「っと言うのは嘘じゃっ!」

 セラは地面に沈む。

「セラっ!」

 ゼィロスが手を伸ばすが、二人が触れうことはなかった。

 カッパの領域である水の中、セラの息は盛大に溢れ出て行ってしまう。そのまま引きずり込まれるセラ。水泡と碧きヴェースが揺蕩い上がる。

 水中だが、カッパは普通に口を開く。「いくら変態を心得ているとて、そう長くはもたんだろ?」

 セラはカッパの手を掴まれていな足で蹴り、どうにかして解こうとするがその握力は弱まることなく、地面の中で溺れさせようとする。だんだんと深く、暗くなっていく。落ちてきた水溜りの向こうでゼィロスがこちらを覗いて、その水面を何度も叩いている姿が見える。だが、いくら瞬間移動の達人と言えど、水の中を移動する方法は持っていない。虚しく水飛沫を上げ、水面を揺らすばかりだ。

 もちろんセラも瞬間移動に精通している。しかし、跳べないでいた。だが、セラはまだ冷静だった。

 セラは蹴るのをやめて、オーウィンを逆手に持つ。そして、下へ、カッパへと投げつける。水中の鈍さにも負けぬように、トラセードによる急加速を加えて。

「おっと」

 水中でもカッパは機敏。難なく避けられた。すごい速さで水の底へと消えていくオーウィン。

「はは、よかぁ」カッパが嘲る。「自ら手放すとはのぉ」

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