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碧き舞い花  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳者:御島いる
第三章 ゼィグラーシス

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502:麗しい音がする

 セラはフェースの懐にいた。背後ではなく。

 失敗ではない。

 なにかを企てていたのだろうか、不敵に上げたフェースの口角が歪む。

「な、ん……ばか、なっ………………」

 セラは殺気なく敵を攻撃した。

 オーウィンは深々と、フェースの鳩尾から心臓を貫いて背を突き破っていた。

 セラは花を散らさなかった。接近にはトラセードを選んだ。

 目の前で花が散れば同胞でなくとも、攻撃の気配を感じなくとも、警戒する。駿馬にしても浮遊しているという現状では足場を術式によって作る必要があった。

 ナパードによる背後からの攻撃までの一瞬にしろ、足場を作ってから駿馬で懐に入るまでの一瞬にしろ、フェースはキノセを消していただろう。そして今も、命が尽きるその前に彼女の仲間を亡き者にしようとする。

 だが今、黒き空間で一番速いのは息絶え絶えの渡界人ではないのは自明の理。

 セラは剣をフェースの身体から引き抜き、その血に濡れたフクロウの翼で仮面の頭を撥ねた。黒き空間、碧きヴェールに鮮血が映える。

 纏ったヴェールとオーウィンに滴った血を払うセラ。納刀すると、主の死で割れた藍色の泡から出てきたキノセにふわりと近付く。そっと背を支えて呼びかける。

「キノセ、キノセ、起きて」

 指揮者の顔に力が入った。そうして五線の瞳がゆっくりと開いた。

「キノセ!」

「…………あぁ、麗しい音がする……身悶えるほどの…………」

「ぇっと……?」

 目を開けたがいいが彼はまだ焦点を定められずにいるようだった。それでいて、セラを困惑させるようなうわごとを口から零す。

「……もっと、もっと聴かせてくれ、天上の清音を…………。天上の楽園はすばらしい音で満ちている。俺にも奏でられるだろうか……あぁ、麗しい音…………」

「……キノセ?」

 セラは軽く彼を揺する。

「あぁ、天上の声が俺を、呼んだ……。なんとも美しい…………」

「…………」

 寝ぼけてはいるが、無事なのは確認済みだ。セラは目元の笑わない微笑みでキノセを見やった。安心はしているが、これ以上付き合う気はない。

 すぐにでもスウィ・フォリクァへ戻らなければいけない。そして戦場には寝ぼけた戦士はいらない。

「キノセ、ごめん」

 彼の身体を離し、空間に浮かせるセラ。そしてその頬を平手で打った。

「ったいっ……! なんだっ!?…………ジルェアス? おい、今ぶったのはお前か? いや、お前だろ! お前はよく俺を殴るからな、ジルェアス」

 覚醒して頬を擦りながらセラに憤慨するキノセ。

「はいはい。そうそう、そうだから。そんなことより、キノセ。状況はわかってる?」

 セラの問いにキノセはピタリと大人しくなった。

「……仮面の渡界人と戦ってた……そこまでしか覚えてない」

「うん、じゃあ簡単に言うね、今スウィ・フォリクァが攻撃されてる。戻らないと」

「攻撃? なんでだ?」

 経緯を話している時間はない。今こうしている間にも戦いは続いているだろうから。

「詳しいことは全部終わってから。とにかくここから出ないと」

「わかった。わりぃ、頼む」

 キノセはナパードを頼るためにセラに手を伸ばした。だが途中で止まる。

「今の言い方……ジルェアスでも出れないのか?」

「ごめん。外の気配も全く感じない。外と繋がってないみたい。元は評議会の関所だったんだけど、フェースがなにかしたんだと思う」

 言ってセラが視線を向けるのはフェースの頭。素顔。

 仮面がない。

「……仮面がない!」

 セラがその事実に気付いた途端、黒き空間に風切り音が響いた。だんだんとセラに近付いているようであったが、反響していてどこから迫っているのか彼女にはわからなかった。

 と、キノセが伸ばしていた手でセラを押し退けた。「ジルェアスっ!」

 セラの右耳の近くで鋭く音が通り過ぎていった。その後、風切り音は止んだ。そして通り過ぎていった音の発生源は二人の前で止まった。

 フェースの仮面。血管が浮き出ているように細い筋がどくどくと脈打っていた。そしてフェースの声がそこから発せられる。

『余計な邪魔をしてくれますね、指揮者くん……』

「こんなの悔しいことだけどな、音に関してだけはジルェアスにも負けないって自負してるだよ」

『ふん……今回は負けを認めましょう、舞い花。私は貴方を侮っていたようだ。貴方もエァンダ同様、警戒すべき脅威だったようです』

 セラはオーウィンを抜いた。「逃がすわけないっ!」

『ここは私の支配下にある空間ですよ? 腕一本失っただけならば、仲間に気を取られ、水晶を渡すという隙ができた瞬間の貴方をこの空間に閉じ込め帰還することもできたでしょうが、この姿ではそれも無理。命拾いしましたね、舞い花』

「上から言える立場かよ」とキノセも指揮棒を構える。

『この状態でも貴方を捉えることはできますよ、指揮者くん』

「っな……」

『くはは、ではまたの機会に、姫君』

 空間そのものが藍色の閃光に満ちた。光が収まると、仮面も、いくつかに分かれたフェースの死体も消えていた。ただ、真っ黒な空間だった。

 だがセラの中に外の気配が流れ込んできた。

 まだ、スウィ・フォリカは戦場だ。

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