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碧き舞い花  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳者:御島いる
第三章 ゼィグラーシス

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499:継承

 ナパードで逃げ出す時間もない。

 ――ビズ兄様っ。

 強く兄を想ったその時だった。

 前触れもなくそよ風が吹いた。

 エメラルドのヴェールが揺らぐ、そこに黄色い花びらが混じっていた。次第に風は強くなり、暴風となった。しかしその風はセラを襲うことはない。黄色い風が彼女を中心に広がり、フェースたちを退けた。

 セラだけとなったその風の壁の中、黄色く輝く人影がセラの前に立っていた。全身が輝いていて顔は見えなかったがが、明らかにセラの記憶にある兄の姿だった。

「ビズ兄、様……?」

 彼女の声に反応するように、その人影はすっと剣の柄を彼女に差し出す。セラの握り慣れた柄。もとは偉大な兄が手にしていた剣。

 オーウィン。

 セラはそれを受け取る。今、しっかりと受け継ぐ。

 表情は見えないのに、人影が微笑んだように思えた。それを最後に人影と風の壁は穏やかに消えていった。

 黒と白の空間に戻る。

「なにが……」

 セラとは反対の端にまで飛ばされたらしいフェースが訝しみながら立ち上がった。一人だった。さっきまでセラを囲んでいた幻影たちは消えようだった。

 愛剣をその手に戻したセラはすでに冷静さを取り戻している。今起きたことは恐らく、自分の中にある力が起こしたことだろうと考えることができるほどに。

 トラセークァスでハンサンと戦ったとき。あのとき自分の身に起きたことが、さっきの瞬間だけ起こったのだ。

 そうさっきの瞬間だけ。

 もうただの極集中とヴェールを纏っているだけ。

 あのときのように戦いが終わるまで続いてくれるということはなかった。神の力に似て非なるあの力。別に頼るという気は彼女にはなかったが、続いてくれていればここでのフェースとの戦いだけに留まらずスウィ・フォリクァを守ることも容易にできただろうと、わずかに心惜しく思っていた。

 ないものはしかたがない。

 セラは気持ちを切り替える。

 目の前の敵を討ち、第二の故郷を守るためにこの間隙の空間から戻る。

 改めて握ったオーウィンを構えるセラ。その刀身にまでヴェールが纏わる。心なしか、黄色が混じって見えた。

そこからのセラとフェースの戦いはセラの優勢。触れないナパードに掴まることのなくなったセラが形勢を均衡へと戻し、さらに逆転させた。

 しかしセラは妙だと思った。勘が警鐘を鳴らしている。フェースの優位がなくなったことは確かだが、それで彼女が形勢を逆転させるほど優位になるとは思えなかった。

 勝てない、という後ろ向きな考えがあるわけではない。

 フェースは彼女以上に数多の技術を持っている。当初から考えていた通り、セラはそれに対処できている。だがそれでもあからさまに優位に立ち過ぎていた。二人の力と技術はもっと均衡していていいはずだった。

 自身のものも含めた数多の技術の交錯の中、敵の肌を裂くセラ。当然のように闘気がフェースの身体を致命的な損傷から守っている。だが、血は出る。血は、流れる。

 これだ。この状況はまずい。

 セラは警鐘の原因を突き止めた。

 野獣ガルオンという例がある。彼よりも立場が上なフェースだ。その可能性は否定できない。

 フェースの狙いは、血を流すことによる身体能力の向上。求血姫ルルフォーラの能力の発現を狙っている。違う。それはすでにはじまっている。

 攻撃の手を止めて、フェースから距離を取るセラ。

「どうしました? もう終わりですか?」フェースはその手から剣を消した。「それとも、ルルの力を警戒しいる……」

「勘が告げてる」

「くはは。私の真似ですか、お見事です姫君。ですが、その勘、的を射たとは言えませんね」フェースは自身の傷ついた身体を見回す。「確かにルルの能力の恩恵も受けましたが、私が真に狙ったのはそれではない」

 黒と白の空間が急にぶれはじめた。揺れているのとは違う。目がそう捉える以外に変化はない。

 そしてセラの視界が青白くぼやけはじめた。今までとは違う、じんわりと時間がかかるものだった。

 トラセード。

 とにかく逃れようと、空間を拡大し後方へと動こうとしたセラ。時が緩やかになり、止まる。それから急激に時の流れは戻る。

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