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碧き舞い花  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳者:御島いる
第一章 碧き舞い花
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4:記憶の羅針盤

「ズィー、早く」

「冗談だろ。ナパード使おうぜ」

「英雄様が何言ってんの。あ、まだ、卵か」

「うっさい、登ればいいんだろ!」

 ミャクナス湖畔で久々の会話をしたセラとズィーはそのあと、何ともなかったかのように昔のように会うようになっていた。しかし、それは遊びという名目ではなかった。泥だらけになるという点では同じだっただろうけどね。

 今、二人は思い出の地であるリョスカ山を登っていた。しかも、あのときのように登山道から外れた道なき道を。なぜそんなことをしているのかといえば、セラの薬草採取が目的だ。再び会うようになってから、セラはズィーを連れて薬草採取をするようになった。言わば彼は荷物持ちだ。今は彼自身が荷物に成り下がっているがね。

「遅いよ。鍛えてるでしょ?」

 大きな段差の上で下から息を切らして登ってくるズィーに手を差し伸べながらセラは笑う。

「馬鹿言えよ。登山のために鍛えてるわけじゃなんだぞ、俺は」

 セラの手を借りて段差を上ると、ズィーはその場に座り込んだ。

「だらしないなぁ、もう。じゃあ、休憩にしてあげる」

 そう言ってゼィーの隣に腰を下ろすセラはまだまだ汗一つかいておらず、余裕綽々だ。

「どうしてナパードで目的地まで跳ばないんだよ」

 木彫りの水筒をひと呷りしてから、溜め息交じりにズィーは訊いた。

「確かに目的地は決まってるけどさ、そこまで行く間に植物の様子を見たりするの。場合によっては摘んでいったりね」

「へぇ~、大変なんだな~」

「ほんとにそう思ってる?」

「思ってるよ。薬草術の偉大さは身を持って知ってるからな」

「ふーん。そういえば、もうすぐもらえるよね、羅針盤」

「あ、おう。そしたら、いろんな世界に自由に跳べる。俺の英雄としての冒険の始まりだ」

「うん、そうだね。でも、それはわたしの薬草採取の合間にやってよね」

「はい? なんだよそれ」

「他の世界にはエレ・ナパスにはない植物がたくさんあるってスゥラ姉様が言ってたの。だから、一緒にお願いね」

「はいはい。でも、あれな。それは冒険の合間にな!」


『記憶の羅針盤』授与式典。

 ナパスの民は十五になると異世界への一人でのナパードを許されことになる。そこで王から授与されるのが『記憶の羅針盤』だ。三つのリングが立体的に交わり、それぞれの交わる点を十字が繋いでいるペンダントで、これを身に着けていることで、記憶にある世界へのナパードが容易に行えるのだそうだ。ナパスの民ではない僕にはそれがどんな感覚かは分からないけど、記憶にある世界への渡界の方が適当に異空を渡って異世界へ跳ぶより違和感があるのだそうだ。だから、それを軽減させるために『記憶の羅針盤』が必要になる。

 既知の世界への渡界では違和感が伴い、未知の世界への渡界では危険が伴うのだ。

 今ここで語っているのは世界間でのナパードのことで、一つの世界の中でのナパードとは別物らしい、ということを誤解がないように書いておこう。間違った知識を広めてしまったら彼女に怒られてしまうからね。

 話を戻そう。

 今、式典会場となっている王城、玉座の置かれた広間には、セラやズィーをはじめとする今年十五歳を迎える町の少年少女たちがきれいに整列し、王であるレオファーブから一人一人直々に羅針盤を首に掛けてもらっている。

 レオファーブは皆に羅針盤を掛け終ると玉座の前に立ち、

「みなさん。君たちはこれから多くの世界を見ることになるでしょう。このエレ・ナパスを拠点に様々な世界に跳び、生業を立てる者。この、エレ・ナパスを出て生業を立てる者。それはもう、様々だ。だが、これからの自由には危険がつきものだということを忘れてはならない。知らぬ地へと跳ぶときも然り、見知った地へと跳ぶときも然りだ。外の世界には外の世界の決まりがあり、流れがあり、人がある。決して、それを乱すようなことはしてはならない。外の世界のしきたりに従い、礼を尽くすことを忘れぬように。…………何かあれば、この地へ戻ればいいのだ。この地は『エレ(神聖なる)ナパス(渡界人の)バザディクァス(集合地)』なのだからね」

 そう、レオファーブが締めくくると会場は拍手に包まれ、式典の幕は下りた。

 その後、祝いの宴が行われた。

 いつものことだが開放された王城の中では、一人立ちした若者たちが酒を飲み交わし大いに盛り上がった。

 そんな宴は日が沈み、高くまで満月が昇り切っても続けられた。

 

 宴の最中、セラとズィーは思い出の地であるミャクナス湖畔まで出てきていた。湖面を撫でる夜風が酒に上気した二人の顔を心地よく冷ましていく。

「っかぁ~! ホピロ酒うめぇ」

「なんで持ってきてるの? 酔い醒ましとか言ってなかった? それに、ホピロ酒ってそんなに美味しくないよ。苦いだけ。シュワナの方が美味しいよ。甘くて」

「セラフィは子供だなぁ、あはははっ……。でも、そう言うともって持ってきてる」

 そう言ってズィーは呷っているジョッキとは反対の手に持ったシュワナの入ったカクテルグラスを差し出した。

「うへへ……分かってるじゃん」

 セラは締まりなく笑いながらグラスを受け取り、一口で飲み干した。

「ふふっ、おいしい……」

「んっんっん……。さ、酔い醒まし、酔い醒まし」

 ジョッキを湖畔に投げ捨て、ズィーは水辺へ向かい、よろよろと、途中、躓きそうになりながら歩いていく。

「あはは……ズィプガル、酔ってるぅ」

「うっさい! こんなの、ナパード酔いに比べれば、大したことないっ」

「あっは! 分かる。分かるよ、ズィプくん。待って、わたしも、泳ぐ」

 ズィーに倣い、グラスを湖畔に捨て、セラも水辺に向かう。その足取りは意外としっかりとしている。そう、彼女は酒を飲むと少し笑い上戸に、愉快になるのだが、思考と身のこなしは案外しっかりしているのだ。

 二人して水を掛けあいながら、きゃっきゃ、きゃっきゃと足の届かない深さまで湖を進んでいった。

 浮力に身を任せ、二人は自分たちを見下ろす満月を見返す。

 このころになると、二人の酔いはほとんど醒めていた。驚くことに、ナパスの人間は酔いから醒めるのが早い。これはナパード酔いに慣れているからなのだろうか、とにかく早い。だからこそ、宴ともなると彼らは一回に大量の酒を飲むのだ。日が沈み、月が昇るまでね。

「ねぇ、これからどうする?」

「今日は競争するか? 泳ぎ」

「はぁ……そう言うこと聞いてるんじゃないの。先のこと。未来のことよ」

「そんなの決まってる。ビズみたいな戦士に、英雄になる。いいや! 俺はビズを超えて見せる!!」

「誰を超えるって!」

「うえぇっ!」

 大声で宣言したズィーはその宣言に応える声に驚いてミャクナス湖に呑まれた。

「ズィー!」

「ぷっはぁ! びっくりしたぁ……」

「ズィー! 上がって来い。俺からの祝いがある」

 湖畔に立つビズラスは王城の方を示していた。


 宴で盛り上がる中庭や玉座の間を素通りして、ビズはズィーとついでに一緒にいたセラの先を行く。

 到着したのはビズの部屋の隣にある、広々とした室内訓練場だった。ここは主にビズ本人が剣捌きを極めるために使っている部屋で何ひとつ物が置かれていない。

「ここで、待ってて」

 そう言い残すと自室に消えて行ったビズラス。残されたズィーとセラは不思議がって首を傾げた。

「なんだろうね、兄様?」

「さぁ?」

「お祝いって言ったよね。なにか秘伝の技教えてくれるんじゃない?」

「おお! それ結構なお祝いだな。どんな技だろうな」

 ズィーがセラの言葉に様々な想像を膨らませてうずうずとし始めたそのとき、訓練場の扉が開き、ビズが戻ってきた。背負っているオーウィンに似た剣をその手に持って。

「何か戦い方を教えた方がよかったかな?……俺からの祝いはこれなんだけど」

 ズィーは向けられた柄とビズの顔を交互に見やる。「これって……」

 ビズは何も言わず頷く。

 その頷きを見るや、ズィーは真剣な眼差しでゆっくりと柄を握り、軽やかな金属音を奏でながら剣を抜いた。

 刀身にハヤブサが彫られ、鋭く輝く剣の名は――。

ハヤブサ(スヴァニ)。その剣の名だ」

「スヴァニ……」

 刀身を確かめるように眺めると、セラとビズから少し離れて軽く振るうズィー。

「軽い、けど重い」

「オーウィンを鍛えてくれた刀鍛冶に作ってもらった一点ものだ。ズィーは一撃一撃に迷いがなく、真っ直ぐだからな。一瞬で最高速に達し、力強く獲物を仕留める。その様はまさにハヤブサだろ」

「ズィーにぴったりだね!」

「ああ」

 ビズからハヤブサの意匠が施された鞘を向け取り、彼は剣を納めながら満足げに頷く。

「あ、でも、何か技を教えた方がよかったんだっけ?」

 おどけてみせるビズ。大してズィーは大事そうにスヴァニを抱きしめる。

「いい! 確かに技も知りたいけど、それは自分で考える。だから、これで……スヴァニでいい」

「その心意気はいいんだけど、剣は抱えてても意味ないだろ? さ、背負って見せてくれ」

 微笑ましく、だが力強く放たれたその言葉にズィーはこれまた力強く、

「うん!」

 と頷き、剣を背負う。

 体の前で紐を縛り終えたズィーの姿は、ビズに比べれば垢抜けないが、これから英雄となる者としては上出来と言っていいほど堂々としたものだった。

 だからこそ、彼女も呟いてしまったのだ。

「……かっこ、いい」

「えっ? なんか言ったか、セラ?」

「……別に。ただ、ちょっと、様になってるじゃんって思っただけよ」

 頬を少し赤らめながらそっぽを向く妹の姿を、隣にいた兄は微笑ましく見守っていたことだろう。

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