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碧き舞い花  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳者:御島いる
第三章 ゼィグラーシス

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481:一悶着

 クァスティアを訪ね、話し、彼女と自身の出生の真実を知ったセラ。長居していたい気持ちは捨てきれない。しかし、異空のためにやらなければならないことが、彼女には山ほどあるのだ。惜しまれながらも、また来ることを約束し、セラは実母のもとを去ることになる。

 はずだった。

 ノックもなしに扉が開き、真っ赤な髪の後頭部から角の生えた少女が勢いよく入ってきた。その竜の眼を輝かせて。

「ほんとだ! セラだぁ!!」

「ピャギーッ――」

 空いた扉の向こうに巨鳥の顔も覗いていた。

「シァン!? ピャギー!?……ぁ、それにズィードとソクァムもいるの?」

 巨鳥に隠れてその姿は確認できないが、セラの知る二人の気配がある。そしてさらに彼らの後方に、戦意をむき出しにした気配があった。その気配はズィードとソクァムより大きく、評議会にいたならば上位に入り込んでくる力量を有しているだろうとセラは思った。

 その気配の人物について訊こうとしたところで、セラはシァンに抱き付かれて遮られた。

「ちゃんとした挨拶もなしに、セラは行っちゃうしさ。虹架諸島も、なんか攻撃されてさ、っそれで……なくなっちゃったしさ…………」

 セラはギュッと彼女を抱き返すと、体を離す。涙を堪え、努めて笑顔を作るシァンをしっかりと見つめる。

「スウィン・クレ・メージュのことは知ってる。助けに行けなくてごめん……でも、聞いて、シァン。生き残った竜人たちはヒィズルにいる。ウィスカさんもデラバンさんも。ウィスカさん、シァンは元気でやってるって信じてたよ。それでわたしも信じてた。まさかここで会えるとは思わなかったけど」

 言いながら、ウィスカとシァンも血の繋がらない姉妹なのだと思い至るセラ。そしてウィスカが口にした言葉も。

『血は繋がってなくても、姉妹だもん。心のどこかで感じるんだ』

 今の自分に重なって、はっとなった。そうだなと、すーっと心に浸み込んでいく言葉だ。自然と優しい笑みが浮かぶ。

「あたしもっ! ソクァムがセラの気配が来たって言うから、嘘だと思ったけど、ほんとだった! 嬉しいっ!」

 そうして二人は再び抱き合った。

「おい、感動の再会なんざに興味はねーんだ、俺は」

 唐突に、シァンをセラから引きはがす手。白い毛に覆われた獣人の手だ。

 小さな悲鳴を上げて体勢を崩すシァン。彼女を支え、ズィードが声を荒らげる。

「おい、ダジャール! それはないだろ!」

「ふんっ」

 ズィードには構わずセラを睨む獣人の男。馬のようなたてがみと尻尾を持つ、白き虎。引き締まった肉体で、家の天井すれすれな身の丈。ソクァムと同世代だろうダジャールと呼ばれたこの青年獣人が、クァスティアの家へと向かってきていたズィードの一団で戦意をむき出しにしていた張本人だ。

「これが名高き『碧き舞い花』、セラフィ・ヴィザ・ジルェアス。華奢で美しいってのはまさにその通りだな」

 その捕食者のような瞳でセラを舐め回すダジャール。

 セラはその行為に、そしてシァンを退けたことに眉を顰める。「なに?」

「だが、戦士?」応えず続ける獣人。「あの牢屋の男に勝ったってことすら信じがたい。尾ひれつきまくってんだろ」

 それからズィードに目を向ける。

「やっぱ嘘だな、ズィード。そもそもフェリ・グラデムで戦ったてのが信じられないことだった。それでもソクァムも言ってたから信じてやったが、っは、二人して口裏合わせやがって」

「それくらいにしておけ。ダジャール」ソクァムがセラとダジャールの間に入って制する。「失礼だぞ」

「おいおい、ソクァム。冗談だろ? 冷静沈着はどこ行ったよ。見極めろよ。ファンだからって美化しすぎだぜ。お前、いやお前らさ、この女の美貌にほだされてるだけだろ」

 ソクァムを押し退けると、セラに向かってその腕を伸ばすダジャール。

「脅威も醸し出てない」その手がオーウィンへ向かう。「こんな飾りだけの剣背負ってる女」

 セラは身体を捻り、獣人の手からオーウィンを遠ざける。そして、当然の如く抑えていた闘気をこれでもかと解放する。

「おいおい、触るくらいいいだろ。別に盗もうなんてしねぇさ。いい剣だから見ようとしただけだ」

「……」

「ほら、見せてくれよ」

 もう一度伸びてくる手を、また避けるセラ。

「まだまだ未熟だな……」

「ん? 未熟? 俺のことか? なんだよ、怒ったか?」

「はぁ……気配を読めない君もそうだけど、君が評議会にいたら上にくる実力者だと思ったわたしが未熟ってことよ」

「あん?」

 怒りの目でセラを睨みつけるダジャールを余所に、というよりその行為に対して全く脅威を感じていないセラは、獣人は気配を読まないのだろうかと暢気に考える。はじめてその命を奪った『夜霧』の部隊長ガルオンもそうだった。奴は驚異的な勘を持っていたが、目の前の彼は……などと。

 セラは気配を抑え込み、優しく笑みを湛えながら血気盛んな若き戦士を諭す。

「ただ力があればいいってわけじゃないよ、戦士って。実力差くらい測れないと」

「実力差だぁ?」ダジャールは鼻を鳴らす。「そこまで言うなら見せてみろよっ! 俺とあんたの実力差をってやつを!」

 小突かれそうになるが、躱すセラ。息を吐く。

「……はぁ、わかった。外、出よう」

 口で言っても無駄。はっきりとその身に体験させるのが、彼のような頭に血が上りやすい人には有効だろう。

 とは思いつつも、セラは自身について子どもだなと少々呆れていた。色々言われてムッとしていたのは事実だ。その気晴らしをしたかった。身体を動かす状況へと自ら導いたのだ。動かせるほど目の前の彼が善戦してくれそうにはないが、それでもやらないよりは気が収まるだろうと。

「クァスティアさん」

 セラは外へ出る前に実母に向き直った。

「わたし、このまま行っちゃうと思う。でも、また来るから」

「うん、いつでもおいで、セラ。ここはあなたの家でもあるんだから」

「うん。じゃあ、行ってきます」

「行ってらっしゃい」

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