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碧き舞い花  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳者:御島いる
第三章 ゼィグラーシス

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478:肩書なんていくらでも

 セラとヅォイァをトラセークァスに残し、トラセスの王をスウィ・フォリクァへ連れて帰ったエァンダ。だが王はエァンダと共にゼィロスの前に現れた途端に、その姿と気配を消してしまったのだという。なにが起こったかわからないままではあったが、彼はとりあえずトラセークァスへと戻ろうとした。しかし、彼の中からトラセークァスの存在が消えていた。何者かによって隠されてしまったかのように、記憶に靄がかかったようだったと彼は言った。

 それはナパードを使えないヅォイァも同じく起きた現象だったという。セラの言伝と共に戻った彼も、トラセークァスへ再び行くことできなくなっていた。試しにエァンダから正確な座標を聞き、別の方法で移動しようともしたがやはり駄目だったらしい。

 評議棟の廊下を歩きながら、トラセス王の顛末やヅォイァが戻らなかった理由を聞いたセラは、その現象の答えであろうことを、ネルとトラセークァスという世界のことを全て話した。そしてセラがネルに別れの挨拶をするために戻れたことから、今はもう大丈夫だろうということも付け加えた。

「なるほどな」とヅォイァが頷く。「大変だったな、ジルェアス嬢も、お姫様も」

「それにしても、またお前は神と関わったのか。本当にナパスの姫じゃないのかもな、こうも(えにし)が強いと」

 この二人なら問題ないだろうと、自身のことも含めて話したセラ。しかし改めてエァンダに言葉にされると、どこか寂しくなった。伏し目がちに黙る。

「おいおい、落ち込むなよ」エァンダがぽんとセラの頭を叩いた。「ナパスの姫なんてのはただの肩書だろ。お前という人間の本質じゃないだろ。肩書をなくすのが怖いなら、心配すんなよ。お前はゼィロスの弟子で、俺の妹弟子で、ヅォイァの主人で、ズィーの幼馴染で、なにより『碧き舞い花』だ。肩書なんていくらでもつけられる」

『世界の死神』と呼ばれ、その右腕に『異空の悪魔』を留めている存在であるエァンダからのその言葉は、軽々しく口にされた割りに、重みがあった。だがセラにはまだ、腑に落ちないところがあった。

「ゼィロス伯父さんは伯父さんじゃないかもしれない。それにお父様も、お母様も違うかもしれない。ビズ兄様もスゥラ姉様も……」

「血の繋がりをもって家族と呼ぶか、心の繋がりをもって家族と呼ぶか――」

 廊下の先から、優しくも力強い言葉がセラの耳届いた。セラはサファイアを黄緑色の瞳に向けた。

「俺はお前を唯一残された家族だと思っているが、お前は違うか?」

 肩を竦め首を傾げたゼィロスに、セラは首を横に振った。そして口角を上げて頷く。「ううん、ゼィロス伯父さんは、ゼィロス伯父さんだよ」

 エァンダが隣りで鼻を鳴らした。「ゼィロス見て不安が消えてんだから、やっぱお前はゼィロスの姪だな、セラ」

「そうみたい」

 セラは兄弟子にそういうと、伯父に近付きながら喋る。

「伯父さん、どこから聞いてたの? 話したいことも、聞きたいことも色々あるから、省けるところは省きたいんだけど」

「お前の気配を近くに感じてから耳を澄ませたからな、この建物に入ったところからは全部聞いている」

「……ほとんど全部じゃん」

「そうなるな」笑いながら頷いたゼィロス。すぐに表情を締める。「だがセラ、俺からその邪神が言ったことを否定したい」

「家族のこと、じゃなくて?」

「ああ。今まで黙っていて悪かった。……セラの本当の母と、兄のことだ。まずはそこから話そう。報告云々はそのあとだ」

 ゼィロスはそう言って、セラを一室へと誘った。そしてエァンダとヅォイァの入室を拒んだ。

「二人は悪いがここまでだ。とりあえずセラにだけ、話したい。家族として」

「はいよ」

「承知した」

 二人は頷いた。そうしてエァンダがその場を去ろうとしたところで、セラは思い出したように振り返り、彼を呼び止める。

「あ、エァンダ待って」セラはカバンから鍵を取り出した。先が三つの円と立体十字となった鍵だ。「これ、『追憶の鍵』。サパルさんいないみたいだし、エァンダに渡しとく」

「ああ、今言ってたやつな」エァンダはひょいと鍵を受け取った。「預かっとく、というか、これからサパルのとこ行くから渡しとく。エレ・ナパスが戻ることを期待してろよ」

 エァンダはそう言うと、群青の花を散らした。

「俺は部屋の前で待つとしよう。人払いもできよう」

「頼んだ、ヅォイァ殿」

 そうしてゼィロスは部屋の扉を閉めた。

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