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碧き舞い花  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳者:御島いる
第三章 ゼィグラーシス

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475:創生回帰 ーZero Point for Zero to Oneー

 それからしばらくして、セラは動いた。

 おもむろに、一歩。

 踏み出した。

 刹那、ハンサンの懐。振り下ろすオーウィン。

「っ!?」

 ハンサンは音もなく寸前でセラの目の前から消えた。後方へのトラセードだ。だがセラは構わず、剣を最後まで振り下ろした。できると知っているから。 

 思惟放斬。

 マカを剣から放つことなく、意思を飛ばした。完成された思惟放斬だ。

 しかしそこは手練れの老戦士だけだったことはある。ハンサンは危機を察知し、横へ逃れようとした。

 が。

「んなにっ……!?」

 そこには、碧き舞い花の紋様浮かぶステンドグラスの壁が立ちはだかっていた。(ウォール)の術式だ。

「んっぐ……っ!!」壁を押した反動でその場から動いたハンサンだったが、時すでに遅し、壁を押していた左腕が、落ちた。「ぬぁああっ……!」

 ハンサンは遅れてやってきた痛みと認識に、見事な切り口を腹に抱え込む。しかしその場に膝をつき留まることは危険極まりないと経験が訴えたのか、すぐに動き出す。

 セラを睨み、血をまき散らしながら、彼女に迫る。

 それを無反応に思えるほどぼぅっと見たセラは、ゆったりと左手を中空にかざした。すると彼女手の中に、碧き花びらが集まりだした。

 ナパードではないのに、舞い花が。

 そうして花びらたちは形を成していき、一本の鍵になった。それは何の変哲もない鍵だが、サパルやルピ、それからエァンダやズィーが持つ鍵束にかかった鍵そのものだった。

 完全に鍵となったそれを手に取ると、セラはハンサンに向けて回した。

 一本の光の筋が、迫る敵の右脚に当たった。

「っぐぁ……」

 ざんばら髪を乱しに乱し、ハンサンは体勢を崩してつんのめった。彼の右脚は力を封じられ、完全に機能しなくなっていた。歴戦の戦士はそれでも、細剣を杖に左脚だけで立ち上がった。

 四肢のうち二つを失った戦士と、それをただじっと見つめる神秘的までに場を圧倒する戦士。墓石の横で呆然と戦いを見守っていた姫にすら、決着だとわかったことだろう。

「終わりだと、お思いですか……?」

 険しい表情で、セラを見つめるハンサン。対するセラは涼し気な顔で、ただ彼を見返すのみだ。

「苦し紛れ、だと、お思いですか?」ハンサンは鼻を鳴らして嘲る。「神の、フュレイ様の加護を侮らないでいただこう!」

 ハンサンは声を絞り出しながら叫び、機能を失った右脚を前へ出そうと力を込めはじめた。その姿は隙だらけ。セラはいつでもとどめを刺せた。だがその圧倒的な余裕が、その場に立つ彼女の好奇心を静かにくすぐっていた。

 この力をもっと試したい。

 まだまだできることがある。それを試したい。

 ――駄目。

 自らを俯瞰するセラが、その好奇心を押し留める。

 この迷いすら、時間の無駄だ。終わらせないと。

 そうしてセラが意を決すると同時に、ハンサンの叫びも止まった。

 わずかな逡巡が、敵に時間を与えてしまったことは言うまでもない。ハンサンは右脚を前に出したうえ、失ったはずの左腕も元に戻っていた。彼の後方に先ほどの左腕が残っているところを見ると、再生したのは明らかだった。

「まだです! 私に与えられた力はまだまだ――っ!?」

 ハンサンは驚きに言葉を止めた。そして、自身の胸元に視線を落とす。そこを貫く銀色の刃に。

 執事服の心臓を貫く剣はまさしくオーウィンだ。今もなお、セラの右手に握られたままの。では誰が、何が起きたのか。邪神の信者はそれ知ることなく息絶えたことだろう。

 剣が引く抜かれ、倒れるハンサンの亡骸。その後ろに立っていたのは、セラだった。紛れもなく『碧き舞い花』がそこに立って、オーウィンから敵の血を振るい落していた。

「……セラが、二人?」

 ネルの困惑の声が、戦いの終わりを静かに告げた。

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