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碧き舞い花  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳者:御島いる
第三章 ゼィグラーシス

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461:ある夜、ある母娘の約束

「わたしが再生の泉の研究をはじめてからそろそろ一年が経とうとしていたある日の夜。わたしは弱々しく痩せ細った母とお話しましたの。芳しくなかった研究の助言を貰うところからはじまって、他愛のない話しをして、そして――」


 ベッドで上体を起こす、病的にくすんだ長い金髪の女性。そして、ベッドに腰掛けるは打って変わって溌剌とした金髪の少女。

「ネルに同じ年ごろの、それも女の子のお友達がいてくれたらよかったのにね。そしたらお母さんと研究なんかしないでいっぱい遊べたのに」

「なにを言ってるの! わたしはお母様で充分よ!」

「うれしい。けど、駄目。お母さんはお母さんなのよ」

「?」

「お母さんには、お母さんのしてあげられることしかできないもの。時には他人以上に厳しいことを言ったり、反対に、他人以上にネルを甘やかしたりする。お母さんはあなたにたくさんのことをしてあげれるけど、それでもお母さんじゃできないこともあるのよ? それはお父さんも同じね」

「うーん、だとしても、そうだとしても。ハンサンたちがいるわ。もしわたしが悪いことしたらお母様とお父様より強く叱ってくれるわ。それにお母様が危ない作業をしててわたしが一緒にできない時は遊んでもくれるわ」

「ううん。確かにハンサンや他の執事のみんな、それに町の人たちもあなたのことを想ってあれこれしてくれるかもしれない。でも、みんな大人でしょ? あなたがもっと大きくなったら違うかもしれないけど、今はそうじゃない。いくらあなたが賢い子でも、みんなと本気で喧嘩はできないでしょ?」

「喧嘩?……しないわ、そんなこと。お母さまとお父さまとだって」

「うーん……お母さんが言いたいことと、ネルが思ってるのとちょっと違うかな。そうね……例えば、喧嘩じゃなくて力比べなんてどうかしら? 大人のみんなとネルじゃ、みんなの方が強いでしょ?」

「うん」

「でも、ほとんどの人はネルに負けたふりをすると思わない?」

「そうね、大人げないもの、勝ったら……そっか、そういうことか」

「わかった?」

「うん。わたしがいくら本気で力を出しても、みんなは本気じゃない。遊んでるって思ってるってこと! わたし、見下されてるっ!」

「うふふ、見下すだなんて、そこまで酷くはないわよ、ネル。みんなネルことを愛してるからこそ、可愛がってるのよ。悪いことしたり、危ないことしたら叱ってくれるのも、愛があるからよ。見下していたら、そんなことしないわ」

「そうなの?」

「そうなの。そしてそれは悪いことじゃないんだけど、足りないの」

「足りない?」

「うん。あなたには本気で言い合いができたり、一緒に笑ったり、泣いたり、それこそ悪いことや危ないことだってしたりするお友達が必要なの。同じ年頃の、それも女の子のお友達が」

「男の子じゃ駄目なの?」

「駄目よぉっ。男の子だと恋しちゃうから。もちろん、恋もいいことなんだけど、それとこれとは別なの」

「うーん……?」

「まだネルには早いかな?……とにかく、今はお友達の話。あなたがどうしようもなく哀しくなったり、恐くなったり、一人じゃどうにもならなくなったとき、その子と一緒なら乗り越えられるような、そんなお友達を作りなさい」

「わたし、そんなことにはならないよ。一人で、色々できるもん……」

「そうね、ネルは天才だものね。今だって一人で研究、頑張ってるもんね。今、お母さんがちょっと口出しちゃったけど」

「ぅ……」

「ふふっ、でもそれはいいのよ、子どもはお母さんに甘えるものだから。あ、でも、必要なものはハンサンに持ってきてもらってるんだったっけ?」

「それはっ……だって!」

「うん。そうね。確かにあなたは一人で色々なことができるようになった。でも、できないこともある。できないことをできる人に頼るのは間違いじゃないわ」

「……だからお友達を作るの? でも、それならハンサンがいれば充分なんじゃない?」

「ううん、違うわネル。さっき言ったようにハンサンを含めた皆は大人で、ネルよりずっと前を歩いているの。あなたに必要なのは隣を歩いてくれるお友達。対等で、お互いに尊敬し合えて、いまのお母さんとネルみたいに……こうやって触れ合える距離にいない時だって、あなたの心に寄り添ってくれるお友達。この広い空で離ればなれになってたって、近くに感じられるお友達。ネルのために力になってくれるお友達。ネルが力になってあげたいと思えるお友達…………」

「お母様……? 泣いてるの?……どこか、痛いのっ? わたし、すぐに研究に戻るわっ、いまお母様に教えてもらった方法で、すぐ、お母様を――」

「駄目。このままっ……」

「でもっ……」

「わたしは大丈夫だから。わたしにとってはっ……ネルを抱くのが、一番の薬だから。ね?」

「……うん」

「ありがとっ、ネル」

「うん」

「……」

「……」

「ネル」

「なぁに?」

「約束して、お友達のこと。必ず作るって」

「うーん……わかった、約束っ」

「うん、ネルはやっぱりいい子ね」

「えへへ」

「研究もたくさんしてね。研究を嫌いにならないでね。これも約束」

「研究を嫌いになんて、ならないと思うけど、うん、約束っ」

「それからっ……」

「?」

「世界を憎まないで……。異空を憎まないで……。自分のことを……嫌いにならないで。約束よ」

「う、うん」

「あとあと――」

「ふふっ、お母様、約束したいこと多すぎ」

「そ、そうね。ごめんね。じゃあ、あと一個だけちゃんと約束して」

「しょうがないなぁ」

「うん……しょうがないお母さんでごめんね。泣き虫で、ごめんねぇ……研究しか教えてられなくて、ごめんねっ……」

「……今日のお母様、変なの。約束は……?」

「……うん、そうだね。ごめん、今、言うね。いい?」

「うん、早く早くっ」

「ネル」

「うん」

「元気で……いてね」

「うん」

「それが最後の約束」

「うん」

「いい?」

「うん」

「約束よ」

「うん」

「本当に、わかった?」

「うん」

「ほんとの本当に――」

「お母様、しつこいよ」

「ふふっ……ごめんね。大好きよ、ネル」

「わたしも大好きっ」

 二つの黄金はどこか儚く、しっとりと絡み合い続ける。

 満月が雲に見え隠れする夜の出来事だった。


「――お母様の助言で研究は一気に進みました。お母様からしてみたらとても簡単な再現だったのよ。もちろん今のわたしにもですけど。……そして研究はこの二日後、成果を出しました。わたしの七歳の誕生日とお母様の命日に」

 黄色い花が彩る保管庫にまろやかな薫風が巻き起こった。プラチナとゴールドを揺らす。

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