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碧き舞い花  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳者:御島いる
第三章 ゼィグラーシス

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460:語りしは切なく、まろやかなる黄色きはじまり。

「お母様はあらゆる世界のあらゆるものを保全する活動家で研究者でした。わたしと違って異空に出れたので、わたしより多くの知識を持っていましたのよ。この保管庫にある資料、この護り石と魔素物も含めて八割は母のものなの。わたしなんて全然追い付けていないわね……それに足を引っ張る形になってしまっていましたし」

 ネルは一度間を置いて、悔しそうにした表情を頭を振って散らす。そして気丈に続ける。

「わたしを妊娠したお母様は異空へ出ることをやめた。それはもちろん身ごもったわたしのために当然のことで、この世界でもできる研究は普通に続けていました。だからこの時点ではわたしも足を引っ張ていたわけではありません。というより、お母様の好奇心をくすぐっていたようです。……この話を直接お母様から笑い話として聞かされたときはさすがにどうかと思いましたが、妊娠したお母様は体内のわたしとともに圧縮した空間に何度も足を踏み入れるという研究をしたそうです。子どもの成長速度が早くなるのではないかと。実際通常よりだいぶ早く、ですが未熟児にはならずにわたしは産まれました。お母様は第二子を授かることはありませんでしたが、もしそうであったなら、反対に拡大した空間で研究もしたかったみたいです」

 セラは苦笑することしかできない。「ははっ……」

「そしてわたしが足を引っ張りだしたのは、産まれた後でした。お母様は五歳になったわたしを連れて研究のために異空へ出ようとしたのです。旅行ではないと言うお父様やハンサンたち執事たちの反対を押し切って。ですが、結果みんなが心配する必要はありませんでした。わたしが世界に愛されし者だと発覚した時ですわ」

 唇を強く結ぶネル。そしてすぐに開く。

「それ自体はこれまたお母様の興味をそそることでしたが、お母様は、お母様でした。母として、娘を残して外の世界に行くことを拒みました。娘がどう努力したところでできないことを、母親が楽しんでするなんて言語道断だと」

 優しい表情で小さくふっと笑うネル。

「それでも研究がしたいお母様は、ハンサンを使うことになったんですけどね。それが今のわたしの研究体制にそのままなっているというわけです。そして、そうなった当時からわたしは危険なものは除いてですけど、お母様と離れることなく、遊ぶように研究をしました。そして、わたしの六歳の誕生パーティの日……」

 ネルの声の調子が落ちた。

「お母様はわたしのためのケーキを運んでいる時、倒れました。わたしは一瞬でもぐちゃぐちゃになったケーキを悲しんだことを今でも悔いてます。わたしが後悔しようがしまいが、お母様を病魔が襲わなかったなんてことはないですけど……」

 俯くネル。ガラスの棚に置いた手に力が入ったのをセラは黙って見つめる。

「そしてここから、わたしにとって研究が遊びではなくなりました」

 上がった彼女の顔は信念に満ちていて心強さをセラに感じさせる。それなのに、その瞳はゆらりと潤んでいた。

「ベッドから離れられなくなってしまったお母様を横目に、わたしははじめて自分一人で研究をします。再生の泉の研究をっ……!」

 影光盤を手元に出し、ネルは触れる。

 部屋にまろやかな香りが満ちる。セラがトラセークァスに来て二か所で鼻にした香り。城の前庭と再生の泉を模した浴場。セラが辺りを目だけ動かして確認すると、小さな黄色い花をつけた背の低い木々が囲んでいた。丸く整えられていないが、城の前庭にあったものだ。セラは思った。この花が、ネルの原点なんだと。

「……あのときのわたしは必死でお母様を助けたかった。ですから考えが至っていないことに気付かなかった。いいえ、気付かないふりをしていたのかも……本物の泉の水を飲んでもお母様は元気にならなかったことも、そもそも自分で作るより湯気に覆われし泉(メル・モーグ・ウェナ)へ行けばすぐ済む話だったことも。お母様は異空へ出られるのですから」

 潤んだ瞳の端から溢れそうになった涙を、ネルは指で掬った。

「お母様も、お父様も、ハンサンたちだってそのことに気付いていながら、わたしを止めなかった。むしろ、研究を応援してくれた。わたしがお母様の病気を治すんだって、わたしならできるんだって、くじけそうになると励ましてくれたの……まったく無責任よね。でも、みんなも辛かったんだと、今ならわかるから、責められない。もしかしたらわたしなら、世界に愛されし者のわたしなら、なにか常人では成し得ないことを起こすんじゃないかって希望も持っていたんだと思うわ」

 まろやかに包まれながら、ネルは天を仰いだ。そしてゆっくり戻す。

「結局、そんな希望はなかったんですけどね」

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