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碧き舞い花  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳者:御島いる
第三章 ゼィグラーシス

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458:月光の庭園

 朝食の時間に遅れる旨をハンサンに伝えるようフュレイにお願いすると、ネルはセラを保管庫へと誘った。

 がらんどうの空間に影光盤が広がり現れ、ネルの指示を待つ。姫は声を出すことなく、そして迷うことなく、一枚の盤に触れた。

 セラが彼女の背後からそこに表示された資料を覗き込むと、『竜鱗草の育成と栽培』と題されたものだった。先を読もうとしたところで、その資料を含めたすべての影光盤は消失し、次いで保管庫が動いた。床が揺れ、壁がうねり、空間が歪む。

 そうして保管庫は室内という概念を取り払った。昨夜のように棚が出てくるかと思いきや、部屋全体が鬱蒼とした森に変ったのだ。洞窟のように暗い森に。

「これは……虹架諸島の庭園」

 まさにそれだった。セラの記憶にあるものと空気感まで一緒だった。

「行きましょう」

 鬼ごっこの前に呼び笛を出したのと同じコルセットの宝石に手をかざし、煌々と輝くサクランボを取り出したネル。その茎ををつまんで照明代わりにすると、先へ歩き出した。セラもそれに続く。

 未だ昨夜のことには触れず、黙ってそそくさと歩を進めるネル。話をしようと決めたはいいものの、あまりに突然のことで考えがまとまっていないのだろうとセラは思った。フュレイとの約束とはいえ自身がいきなり訪ねたのだ、そのくらいの時間は黙って待っていよう。

 そうして三分ほど歩いたところで、森は開けた。

 だがセラが知る庭園のそれとは違い、陽光に満ち溢れてはいなかった。

 所詮は室内、それに今は日の高くない朝だ。それもしょうがないことだろう。

 とはならない。

 そこに差しているのは月光。青白くしんと地上の花畑を照らし出している。

 そしてこの花畑もまた庭園とは違った様相を呈していた。

 竜鱗草たちはみな葉を広げ、その中央には十枚ほど、血管のように赤い網状の筋を浮かび上がらせた濃紫の花を各々の株がつけている。一株に花一つではないのだ。

「これがネルの逆鱗花……」

 セラが呟きながら花々を見回していると、サクランボを宝石にしまいネルがぶっきらぼうに言う。

「見せると約束しましたからね。……まずはそれからです」

「うん、ありがとう!」

 一度ネルの方へ首を向けてお礼を述べると、セラは再び逆鱗花を見やる。そして、いくつか浮かんでくる疑問を昂揚に任せて口にする。

「ねぇ、これ。この逆鱗花の葉にも毒はあるの? 前も言ったけどわたしの知ってる逆鱗花は葉っぱが球状で、その中にこの色の違う花が一枚だけなんだけど、どうしてこれはこんなに花が? 葉っぱも広がってるし。それに、そもそもだけださ、どうやって乾燥した花と粉末の葉っぱから? やっぱネルってすご、いよ――」

 と、ここまで興奮のままに口を動かしていたセラだったが、今は研究の話をしても以前のように胸を張って話してはくれないだろうと、肩を落としつつ口を紡ぐ。そしてネルの様子を窺う。

「ごめん、わたしベラベラと……」

「い、いいえ。いいですよ、教えてあげますわ」ネルは拗ねた子供のような表情で言う。「……べ、別に本題に入るのが嫌だからとかではなくってよっ? ただ……ただ、まだ、気持ちに整理が……。普段通りの、わたしじゃないみたいで……。だから、調子を戻す意味でも、わたしがあなたより優れているという証明を、しなくては、いけないだけで……」

 尻すぼみな声。最後にはしおらしく、寂しげな表情を見せるネル。本人の言う通り、本調子ではなさそうだ。

「うん。じゃあ、教えて。ネル」

 セラは優しく微笑んで、彼女が口を開くのを待った。


 月下の花園に腰を下ろす二人の姫。プラチナとゴールドは月明かりに馴染むように輝く。

 ネルはゆっくりとではあるが、これまでのような優越感に浸った態度を見せはじめていった。自身が栽培する逆鱗花の話をセラの短い質問を挟みつつ、滔々と、嬉々と、揚々と。

 そうしてセラは知る。

 ネルの竜鱗草の葉にもしっかりと毒性があるということ。しかし研究のために乾燥させ粉末にした麻薬『竜宿し』を精製したが、ハンサンの持ち帰った本物に比べて毒性が弱かったらしい。そのため生の葉っぱも本物より毒が弱いと思われるとネルは考察した。

 葉が開き、花が多くつくのは育つ場所が関係しているだろうと、ネルが考えているということ。彼女も図鑑で知る形にならなかったことを不思議に思い調べたのだそうだ。実際の群生地を見たわけではない彼女は両者をじっくり比べるということはできなかったが、文献にある本物の逆鱗花が育つ虹架諸島の庭園とそれを真似て作ったネルの庭を比べたとき、大きな違いは二つだろうと考え至ったという。

 光と水。虹架諸島の高度は再現されているため、その二つだ。

 本物の竜鱗草は陽光と嵐によって不定期に与えられる水で育つ。再現の竜鱗草は月光と再生の泉を模した浴場のお湯と同じ成分の水を定期的に与えられ育つ。

 竜鱗草が葉っぱで球を作るのは、強い日差しから花を守るため。花を一つしかつけないのは、というよ再現されたものが花をたくさんつけるのは水の栄養価が尋常でなく高いため。ネルはそう説明した。

 この説明を終える頃には本調子を取り戻したネルは、そこから一番の見せ場とばかりに逆鱗花をいかにして再現したかを語り出す。

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