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碧き舞い花  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳者:御島いる
第三章 ゼィグラーシス

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456:小さな侵入者

 道ほどがはっきりとしないままネルの突然の拒絶について、そして自分の行いについて考えているうちにセラの足は自身の客間の前で止まった。

 目の前には扉がある。

 やはり彼女が落ち着くのを待つべきだっただろうか。

 会話は不可能でも、傍にいるという気配は気読術や超感覚がなくてもわかるものだ。寄り添ってあげるだけでも、人の心は落ち着くものだ。

 そう思い踵を返したセラだが、すぐにその足を止める。

 ネルは母親の思い出にセラがずかずかと踏み込んだことに心をざわつかせているのだ。その相手が傍にいても不愉快だ。前回のクェト・トゥトゥ・スの時とは伝わってくる圧が明らか違った。そこにはコミカルにも見えるネルの子どもっぽい怒りは一切なかった。

 トラセードの鍛錬と研究に関してはこのまま続けてくれると言っていたが、深刻な問題にセラには思えた。仲良くなれないかもしれないということもそうだが、続けられる二つのことも、ぎくしゃくとしてうまく噛み合わないとなれば得られる成果も得られなくなってしまうかもしれない。

 許しは貰えなくとも、明日しっかりと謝ろう。ネルにとって触れられたくないところを土足で踏み込んでしまったという自責の念も、勝手ながらそれでいくらかは収まるだろう。セラはそう決めて、客間の扉を開けた。

 そして小さく驚く。「っ!?」

 灯りのない暗い部屋。ベッドの上に、人影があったのだ。

 視界に入るまで気配を感じなかった。気配を消した侵入者を警戒する。

 だがセラは人影の小ささと、徐々に感じはじめた気配にすぐに考えを改める。

 考えごとに意識が向いていて、気付かなかっただけだ。ネルの前から去る時も声が聞こえたような気がしただけで、はっきりと聞いたわけではなかった。さっきの出来事に思った以上に心が揺さぶられているのだとセラは感じる。

 そんな自分自身をまだまだだと思いながら、小さな人影に笑いかける。

「フュレイちゃん。なにしてるの、明かりも点けないで」

 セラがそう言うと人影はその小さな手をベッドサイドの照明の紐に伸ばす。すぐに柔らかな暖色の明かりが灯ると、普段より健康そうに見える白き少女の姿が浮かび上がった。

「セラお姉ちゃんをびっくりさせようと思ったの。びっくりした?」

「うん。まさかフュレイちゃんがいるとは思わなかった」フュレイの隣に腰掛けるセラ。「ハンサンさんに連れて来てもらったの?」

「うん。ネルお姉ちゃんとセラお姉ちゃんが一緒に研究するって聞いたから。わたし、あの研究が進んでくれたらうれしいの!」

「あの研究?……フュレイちゃん、ネルがやってる研究のこと知ってるんだ。すごいねっ」

「昔に戻す研究!」満面笑みがセラを見た。「どお? 進みそう?」

「……ははっ」

 思わず苦笑いするセラ。フュレイの異常な食いつきもそうだが、ついさっき研究に支障が出そうな出来事が起きてしまったことに対してもだ。

「まだ始まったばかりだし、わたしはまだ研究のことはっきり知らないからなんとも言えないかな。それにあまりいい状態じゃないんだ、わたしとネル」

「……喧嘩?」

「うーん、そうなのかな?」

「喧嘩は駄目だよ! 仲直りしに行こう、セラお姉ちゃん!」

 白い両手を胸の前で握るフュレイ。無垢な瞳が必死にセラのサファイアを見つめる。

 セラは少女に対して微笑み、その頭を撫でる。「仲直りできるかどうか、ネルと話してみるよ。心配してくれてありがとう、フュレイちゃん」

「じゃあ」とんっとベッドから降りるフュレイ。「行こう!」

 そんな彼女の冷たい手を優しく握り、セラはい優しく諌める。

「駄目。もうこんな時間だよ。しっかり寝ないと、フュレイちゃん」

「でも……」

「大丈夫。明日、ちゃんとネルと話すから」

「起きたらすぐだよっ? わたしも一緒だよっ?」

 両手で彼女手を包み込み、しっかりと頷くセラ。

「ハンサンさんのところまで一緒に行こうか」

 立ち上がり、セラが彼女の手を引こうとすると、フュレイはそれに従わなかった。

「今日はセラお姉ちゃんと寝る。おじいちゃんにもそう言って来たの」

「そうなの? じゃあ、一緒に寝ようか」

 それから用意された寝間着に着替え、白き少女と手を繋ぎながらセラは眠りについたのだった。

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