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碧き舞い花  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳者:御島いる
第三章 ゼィグラーシス

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453:ほぐれゆく

 局所的なトラセードの練習がはじまったその日の夜。セラはネルと共に星空を見上げていた。

 再生の温泉とは別の露天浴場。

 これまではこの浴場でさえセラとは一緒の時を過ごさなかったネルだったが、できるだけ研究の時間を無駄にしたくはないと言って肩を並べることになった。

 研究や鍛錬の時間を除けば、この場が二人で他愛のない会話のする機会だろうとセラは考えた。それをネルに悟られぬように、これからするであろう研究に関係がありそうな話題を切り出す。

「ネルがわたしのトラセードの力を起こした時の反対はできないのかな?」

「無理ですわ」

「もしかして、もうエァンダと?」

「ええ。もうわたしもハンサンも渡界術酔いはしませんわ」

「ハンサンさんもやったんだ」

「もちろんですわ。わたしだけが特別目覚めないということもあり得ますし、仮にそこに思考の箍があった場合、どちらかができればもう一人はより早く使えるようになりますからね」

「思考の箍かぁ……それってさ、もちろんナパスの民にもあるんだよね?」

「あるでしょうね。それがどんなものかは知りませんが」

「あるとしたらナパードに関わることかな?」

「そんなこと聞かれても……いいえ、そうですわね!」ネルは興奮した様子で、考え込む。「仮に渡界術に関する箍があったとして、これから先わたしが渡界術を使えるようになったとして、そしたら、それに気付けるのはあなたよりわたしのほうですわね!」

 お湯による体温上昇によるものとは別に頬を上気させるネル。そんな彼女を見て、セラは優しく笑う。

「ナパス嫌いなのに、研究に関係してると楽しそうだね。あ、あとエァンダのときもだけど」

「う、うるさいわよっ」お湯から上がるネル。「さ、出ますわよ。研究の時間です!」

「はーい、博士」

「ば、馬鹿にしてますわねっ!」

「ふふっ、してるかも」

「むくぅ……」


「……?」

 セラは自身の置かれた状況に疑問符を浮かべざるを得なかった。

 浴場をあとにしてネルの部屋に入ると、使い道のわからない器具と細い綱で繋がったごつごつとした椅子に座らされた。ふかふかのバスローブに身を包みながら。

 こんな椅子昨日はなかったがと辺りを見回していると、部屋の奥に入口よりも大きな扉を見つけた。あの奥から取り出してきたのだろうか。恐らくネルではなくハンサンが。

 こちらもバスローブ姿で椅子のあちらこちらを弄り回すネルにセラは聞く。「ねえ、ネル。わたしはなにをすればいいの? 準備も手伝うよ」

 そうして立ち上がろうとすると、ネルが止める。「そのまま!」

「いや、でも……」

「いいからっ」椅子をいじるのを中断して、セラの前に立つネル。「いいですか。あなたが極集中の時に引き出している先祖返りで目覚めた力。これからその力が発現している時のあなたの身体を調べます。ですがその前に、今夜は平常時のあなたの資料を取ります。それが基準となりますわ。ですので、ただ座っていてください。まあ、少しくらいお話には付き合ってあげますわ」

「そう……まあ、それなら」


 ネルが準備を終え、椅子が駆動音を奏でるのを待ってから、セラは昨夜の続きとばかりに自分が見てきた世界の話をはじめた。

 今夜は技術面よりも、見てきた景色に重きを置くことにしたセラ。研究者であるネルに対して技術的な知識で挑むべきだろうと考えていたが、昨日の時点で勝機は多くないと感じた。ならばと自分の強みを生かそうと考えたのだ。実際に見て体験しているということを。

 もちろん景色や文化だろうともネルの知識は広く、大抵のことは「知っていますわ」と返されてしまう。文化に関しては昨日も交えていたことなので既知の事実だ。それでも試す価値はあった。

 成果が出たのはセラが逆鱗花の株を抜く方法を話したときだった。

 球を作る葉っぱたちを剥いてゆき、出てきた一枚の花を摘み取るという方法。加えて摘み取った花を土に埋めると新たな逆鱗花が育つということを口にしたときには、ネルの表情は好奇心に染まっていた。昨日の夜会の終わりの時に比べたらわずかに劣るが、それでもセラが勝利を確信するには充分な反応だった。

「逆鱗花栽培してるのに、知らなかったの?」

「えっ……ええ! 知りませんでしたわ。だって、ハンサンは逆鱗茶用の乾燥した逆鱗花と『竜毒』を持ってきただけですもの。本にもそんなこと書いてありませんでしたし……って! 確かに約束通り、これからもべたべたするのを許しますけどね、そんなに馬鹿にされることですの? あなたの方が物を知らなかったではないですか!」

 ぷくぷくと頬を膨らませネルは腕を振る。ゴールドの髪がその度わしゃわしゃと揺れる。

 そんな彼女を落ち着かせにかかるセラ。「別に馬鹿になんてしてないよ。わたしの方が無知なのも本当のことだし。ただ、それを知らなかったのに、逆鱗花をどうやって栽培したんだろうっていう驚きだよ」

「……つまり、わたしがすごいと尊敬したと?」

「……確かに、違う方法で栽培してるってことはすごいことだと思うけど、尊敬まではしてない、かな」

「むぅ」

「怒らないで、ネル。ね。聞かせよ……っていうか、見せてよ、逆鱗花を栽培してるところ!」

「い……いいでしょう。見せてあげますわ、わたしのすごさを!……今の作業が終わったらですけどねっ」

 膨れた探求心が彼女の親和性の手を引いてきてくれたようだった。ネル自身はそれを優越感や仕方ないくといった様相で隠しているようだが、セラには彼女との心の距離がしっかりと縮まっているのだと感じられた。だいぶほぐれてきたのだと。

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