451:少女にとって大事なこと
夜が明け、セラはネルとハンサンと共にフュレイの家を訪れた。ヅォイァも城下町まで来たのだが、遊びたがる子どもたちに囲まれたセラに代わって彼らの相手を務めている。
「どうしたの? ネルお姉ちゃん、セラさん?」
フュレイはベッドに入ったまま上体を起こして首を傾げる。最後にはハンサンに窺うような目を向けた。それを受けて、直接問われたセラとネルではなくハンサンが応える。
「昨日、おじいちゃんとセラさんが戦っているのを見ただろ? その時隣りにいたおじいさん、ヅォイァさんが、フュレイは二人の戦いを目で追えていたんじゃないかって言うんだ。それを確かめるためにネルお嬢様とセラさんは来たんだ。フュレイの身体が弱いことに関わりがあるのではないかって、調べに」
「そうなの」
ぽつりと零すフュレイ。そこにネルが単刀直入に聞く。
「実際どうなの、フュレイ。見えてた?」
黒く円らな瞳が、サファイアを見返す。「見えてたよ」
呆気なく答えが返され、三人の大人たちはわずかにたじろぐ。十数年しか生きていない、それも戦士の訓練を全く受けていない少女が、全異空でも中位から上位に入ると思われる二人の戦いを追っていたというのだから当然だろう。
セラは優しく問いかける。「それじゃあ、昨日はどうして?」
「……信じてもらえないと、思って」
「やっぱり、そうだよね」セラはにこっと笑うと、顔を伏せたフュレイに言う。「気にしにないで、フュレイちゃん。わたしもヅォイァさんも怒ってないからね」
「……うん」
「ちょっとあなた、フュレイを落ち込ませないで」ネルはそっとベッドに腰掛けて、白き少女に寄り添う。「ごめんね、フュレイ。この人無神経で。これからわたしが、しっかり調べてあげるからね」
「わたしのことなんていいよ、ネルお姉ちゃん」
「え? またそういうこと言うの、あなたって子は」優しく少女の頭を撫でるネル。「あたしの研究より、フュレイの身体のことの方が大事。いつも言ってるでしょ?」
「うん……でも…………」
「フュレイにとっては自分ことよりお嬢様が研究をしてくれている方が大事なんですよ」
「もうっ、ハンサン。自分の唯一の肉親なのよ? 大事じゃないの!」
「大事ですよ。ですからです。孫の望みを一番に考えたいんですよ」
「……一理なくも、ないわね。きっぱりと反論しきれない……けど! 今日のところは検査するわよ。フュレイの目が良いのがいいことなのか、悪いことなのか。それだけは見極めておかないと」
「いままでずっとこうだったから、大丈夫だと思うよ?」
血の気のない手で目元に触れるフュレイ。彼女を余所にネルはベッドから立ち上がり、「さあ、はじめましょう」とふんっと鼻を鳴らしたのだった。
フュレイはただ目が良い。
セラもわずかばかりではあるが薬草術師としての知識を用いてネルの診断を手伝った。もちろん、フュレイの前で駿馬も行った。しかしなぜ少女の目が良いのか。身体が弱いこととの関連性はあるのか。いいものなのか悪いものなのか。それらは不明のまま、結果としては彼女の目が良いという事実だけが浮き彫りになっただけだった。
「そういう体質、としかいいようがっ、ないかしらっ」
「身体が弱い代わりに目が良いってことでもなさそうだもんね」
「なさそう、ですがっ……関連性がっ! ないとは言い切れませんわっ」
「そっか、そうだよね。そういえば、超感覚が賢者並の友達が、目が見えないからすごい研ぎ澄まされるって言ってた。もちろんその子の資質もあるんだろうけど、そういうのも関係あるのかもしれない」
「そうですわっ……ってあなたよく普通に、会話が、できますわね」
ネルは動きを止めて、息を整えにかかる。彼女に合わせてセラも踏み出した足を引っ込めるが、対して平然としている。
「まあこれくらいゆっくりならね。ネルは研究のしすぎじゃない? 防御は護り石に任せてるのに」
二人はトラセードの鍛錬の最中に会話をしていたのだが、そこで明らかな差が出たのだ。戦闘を齧った姫と、戦闘に身を置く姫の。
「むぅ……」顎を流れてきた汗を拭いながら、頬を膨らませるネル。「そ、それに、本当に癪ですわね……戦いの中でなら、本当にわたしより使いこなせていますわ」
「あっ、でしょ? ハンサンさんとやったんだもん」
「まあでも」息が整うとネルは胸を張った。「それは空間伸縮の基礎だけのはなしですけどね」
勝気な表情を見せるネルに対してセラは冷静に真剣な表情を見せる。
「応用か。それって、局所的な伸縮とか、エァンダが開発した切断の技とかだよね。局所的とまではいかないけど、範囲を狭めて使ってみたりは一人で部屋で試したりしてるよ。自己評価だけど繰り返し練習すればこっちは問題なくできると思う。切断の方はそもそも一度しか見たことないし、どうやるのははっきりしないから……もしかして教えてくれるの?」
「愚問ですわ」
「愚問って、『そうなんでも教えてもらえると思ったら大間違いだわ』とか言ってたから教えてくれないのかと思った」
「……っ!」ネルは唇を尖らせ、そっぽを向く。「エァンに頼まれてますもの、ちゃんと教えますわよ」
「そっか」
「というより、あなたはもう知っていますのよ」
「え?」
「あと、今のわたしの真似……似てませんわ。不愉快です」
「えー、似てるはずだよ。子どもたちに見せれば絶対似てるって言うよ」
「……勝手になさって。今は訓練ですわ」




