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碧き舞い花  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳者:御島いる
第三章 ゼィグラーシス

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454/535

450:大きな一歩

 セラが頷くと、彼女の手首を放したネルはせかせかと部屋中を動き回りはじめた。焦って見えるその動きに反して、彼女の表情は嬉々としていた。

「ネル? どうしたの?」

 尋ねるが彼女は反応せず、恐らくは研究のための作業台と思われる、壁に沿う長いテーブルに書棚から持ってきた分厚い書物を数冊どさりと置いた。それから作業台の引き出しから紙束を取り出すと、天板に無造作に広げた。

「……わたし、部屋に戻るね」

 そもそも本日の夜会は終わりを告げられたのだ、これからなにかはじめようとするネルを邪魔してはいけないだろう。別に明日からの夜会がなくなったわけではない。また、明日だ。

「あなたとの夜会はもうなしよ」

「えっ?」部屋を去ろうとしたセラはネルの言葉に驚きを隠せない。夜会の場となったテーブルへと引き返し、強く両手を置いた。「どうしてっ!?」

 するとネルもそこへ戻ってきて、同じように手を置く。

「あなたには、明日から研究を手伝ってもらいます。癪ですがね」

「なんて?」

「だから、研究の手伝いをさせてあげますと、言っているんです!」

「なんで?」

「連綿と受け継がれる遺伝の謎に挑むため。先祖返りを起こすためですわっ!」

「……それって、ナパスとトラセスの差をなくす研究、だよね」

「当たり前ですわよ!」

「いいの? わたしに手伝ってもらうつもりはないんじゃ――」

「……ぜ、前言撤回です! 先祖返りが証明されたんですから! それにこんな好機は二度はありませんものっ。先祖返りの実例、それも同じ祖先を持つ実例が目の前にいるなんてことっ。まったく癪に障りますわ、渡界人は! ほんと癪っ」

 言葉とは裏腹に歓喜に興奮しきった表情のネル。これほどに破顔するネルを、セラは初めて見た。子どもたちに対している時以上だ。これは自分にとっても好機かもしれないと、セラは急展開な状況に流されるままにならずに、ネルに負けない笑顔で言う。

「友達への大きな一歩だねっ!」

 その一言に、ネルは表情をなくした。そして淡泊に口だけを動かす。

「それは違いますわ」

「えぇ~……」

「空間伸縮の先生と生徒に加えて、研究者と研究対象という関係が増えただけですわ。勘違いしないでいただけます?」

 興奮に乗じて事実を認めさせてしまおうとしたが、そうはならなかった。しかしセラはめげない。あっけらかんと言い返す。

「あーそうなんだぁ。じゃあ研究の手伝い、辞退しようかなぁ~」

「ちょ! それはずるいですわ! 卑怯よっ! それならわたしだって、空間伸縮の組手、やりませんわっ」

「うーん、別にそれは痛くないかな、もう。今日ハンサンさんと手合せして、戦士のトラセードもいっぱい見れたし。なんならネルよりうまく使えるかも」

「なっ、んですって! そんなはず! 大体、わたしはあなたに空間伸縮を教えたんですのよ? あなたはお返しになにもなさらないんですの! 渡界人のお姫様は礼節もなっていなんですわねっ」

「握手求めた相手の手をはたくようなお姫様には言われたくないなぁ」

「っ、それは――」

「ふふっ」

「なんです、急に!」

「ううん。なんでもない。ちゃんと手伝うよ、研究。最初に手伝いたいって言ったのわたしの方だし。それじゃあ、明日。まずはフュレイちゃんだよね」

「そう、ですわね」

 確認を終えると、セラは今度こそネルの部屋をあとにする。

「……」

 扉を閉めきる少しばかり前、ネルがぼそりとある言葉を零した。それをしっかりと聞き取ったセラは、引き返して茶化そうかと考えた。しかし、優しく扉を閉めると彼女もまた小さく呟く。にこやかに。

「素直じゃないなぁ、もう」

 着実に仲を深めている。そう実感する。でも、まだだ。今の言葉は直接、顔を見て言ってもらわなければ。それが最終到達点だと、セラは思った。

 笑みを崩さず、自らの部屋へと廊下を行くセラだった。

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