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碧き舞い花  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳者:御島いる
第三章 ゼィグラーシス

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449:夜会

「フュレイちゃんの身体が弱いのって、なにかの病気? それともトラセスの民の多夫多妻制からくるもの?」

 逆鱗茶の香り漂うテーブルについて、開口一番にセラはそうネルに尋ねた。

 セラの持つ異空に関する数多の知識を聞く体勢で待っていたであろうネルは、面食らったようすで口をつけようとしていたティーカップを元に戻した。

「質問? 帰ります?」

「ううん、ごめん。ちゃんとわたしの話はするから。でもその前にフュレイちゃんのことをちょっと聞いておきたくって」

 自分だけで考えていても答えは出ないことだ。フュレイがセラとハンサンの戦いをしっかりと追えていたという事実とそれを隠した彼女については。

 そのことを聞くに至るためには、まず彼女の身体が弱いことに関して触れるのが一番だろうとセラは考えていた。

「個人的なことだろうから無理にとは言わないけど、ネルのことだからたくさん調べてあげてるんでしょ?」

「当然ですわ。大切な家族ですもの」言いつつもネルの表情は落ち込む。「ですが、前にも言いましたわよね。このわたしでもなにもできていないと」

「それって原因もわかってないってことなの?」

「むっ……わかっていれば、わたしならどうにかできますわ」

「そっか……。ところで、フュレイちゃんはどうして目が良いこと隠してるのかな?」

「はい? なんですって?」

「だから、フュレイちゃんの目。わたしとハンサンさんの戦いを追えるほどいいのに、見えてないように振舞ったの……もしかして、ネルも知らなかった?」

「……え、ええ。そうですわね。そもそもフュレイの前で激しい戦いが起こる状況なんてそうあることではないですからね」

「ハンサンさんも知らないみたいだし、ヅォイァさんが隣で一緒に見ててくれなかったら、わたしも気付かなかった」

 ネルはティーカップを持ち、一口飲んだ。口を開く。「明日、フュレイに直接聞いて、調べてみますわ」

「わたしも一緒にいい?」

「そうですわね。調べるためには速く動く対象が必要ですから。さ、フュレイの話はこれでおしまいです。ここからは約束通り、あなたの知識を披露する時間です。あ、フュレイの目のことはわたしの知らなかったことに数えないでくださいねっ。これでこれからも馴れ馴れしくしていい、だなんて思わないでください。あくまでも対象はあなたが異空を巡って得たものに限った話ですから」

「わかってるよ、今のが約束とは関係ないことくらい。ネルこそ、知ったかぶりは無しだよ? 一つでも知らないことがあったら、なんて言われても仲良くなろうとするからね」

「それはしっかり守りますわ。当然、言い寄られて仲良くするかどうかはわたし個人の問題ですけどね」

「うん。じゃあ――」


 数日後に新月を迎えん月は、地上の様子を窺うようにわずかに顔を覗かせる。

 夜は深く。

 逆鱗茶の入ったポッドとティーカップは空となり、残り香だけを振舞う。

 テーブルを灯す蝋燭の火は、間もなく十三本目が尽きようとしている。

 開始直後こそセラの話題に対し「知っていますわ」と即答していたネルだったが、次第に熱がこもっていき、セラも知らなかった補足をするようになっていた。

 彼女の補足がはじまるとセラは気前よく相槌を打ち、どんどんとネルの調子を上げさせた。そうしているうちに一つの補足から次の補足、そして更なる補足というようにセラが出した話題は蛇足に蛇足を重ねて、ネルが全ての補足を話し終え「さあ、次は」と口にするまで拡大する一方だった。

 一つの話題が終わるまでに多くの時間を要することにはなるが、セラから主導権を奪ったネルが楽しそうに口を動かすものだから、それもいいだろうとセラは甘んじて聞き手に回り、彼女が求めて来たときだけ話し手に戻るといった具合だ。

 そしてまたセラにその番が回ってきた。

 ここまでは、旅をしてきたあらゆる世界の独特な文化や技術の話に加え、ゼィロスや他の賢者たちから聞いた話もしてきた。他にもまだまだそれらの話はあるのだが、現状の手応えを考えると、長く楽しい時間こそ過ごせているが、彼女の知識を上回ることはできていない。

 実際そんなことはないのだろうが、セラの体験も賢者たちの知識も、目の前のトラセスの姫ならば全て知っているのではと疑ってしまう。

 夜会は今夜だけでは終わらないにしても、そうなるとこのままでは金輪際親交を深めることができなくなってしまうかもしれないという考えが浮かんでくる。

 だからセラは自身もそこまで詳しくないところを攻めるという賭けに出ることにした。

「じゃあ、これは知ってるかな? 神様が懐かしいって言う力」

「その一言だけでは判断しかねますわよ。もう少し詳しく」

「……うん、そうだよね」

 セラはわずかにたじろいでから、思考を急速に回しはじめる。嘘偽りを口にしたのでは、ネルに不正と捉えられかねない。あまり知らないにしても、確実に知っていることを口にしないければ。

「えっと、今、わたしがやってるもう一つの鍛錬あるでしょ?」

「ええ。極集中ですわよね。当然、それくらい知っていますわよ。わたしはできませんけど、知識としては」

「わたしの場合ね、極集中の状態になると、その神様が懐かしいって思う力が発現するらしいの」

「らしい?」

「待って、今のは言葉の綾。発現するの。エメラルドのヴェールが醸し出されて。どう、知ってる?」

「ヴェールを纏うような技術は異空を探せば他にもありますわ。例えばなにができますの?」

「感覚が鋭くなったり、感情が高ぶってる割りに冷静に状況判断ができたり……」

「待って。それは極集中の影響ですわよね?」

「えっと……」

「あなた、もしかして知りもしないことを口にしているんではないでしょうね? あなたこそ知ったかぶりでは?」

 いい流れを止めてしまっただけでも、落胆に値する。それに加えてネルの機嫌を損ねてしまうのは得策ではない。セラは視線を落としながらもはっきりとした声で謝罪した。

「……ごめん」

「はぁ、今日は終わりですわね。お部屋にお戻りになってください」

「待って」セラは顔を上げ、ネルのサファイアをじっと見つめる。「確かにあまり知らないで話題に出したよ。でも、実際どうなの? ネルは知ってた? 神様が懐かしむ力」

 負けず嫌いがどうしてもそのことを確かめたがったのだ。それに彼女が知っているとなれば、後々にその知識を授かれるかもしれない。

「……」

「……」

「……」

「……ネル?」

「んん゛っ。確かにあなたの言うような、神様が懐かしむという形容が成された力は知りませんでしたわよっ! これで満足ですのっ? ですが、あなたも曖昧なのですから、これは引き分けですわよ!」

 セラはあからさまに肩を落とす。引き分けという判定にではない。ネルがその知識を有していなかったことにだ。「そっか、ネルでも知らないか……」

「な、なんですのっ……」

「わたしの力を見て懐かしんだ神様がね、遊界人を先祖に持つわたしなら先祖返りとして目覚めることもありえることだって言ってたの。だから伯父さんに聞いたんだ、そういう力が遊界人にあったのか。けどそんな記録はないって言われた。トラセスの民として研究をしてるネルならゼィロス伯父さんとは違う視点で異空の歴史を調べてるかもって思ったんだけど、関係なかったね」

「……」

 ネルは気を害したのか反応せず固まったままだ。

「ナパスとトラセスの差を埋めようとしてるネルなら、もしかしたら遊界人より前の人たちまで遡って調べてるんじゃないかなぁって、期待してたんだけど……」

 セラは口を紡ぎ、ネルを窺う。彼女は未だに固まったままだ。瞬きもせず、サファイアを露わにし続けている。そこまで怒らせてしまったかと、セラは席を立つ。

「ごめん、帰れって言われたのに話し込んじゃって。じゃあ、おやす――」

「待ちなさいっ!」

 ようやく動き出したかと思えば、ネルは椅子が倒れる程に盛大に立ち上がった。そしてセラの手首を掴んで、力強い眼差しを向けてきた。

「あなたを見て懐かしんだ神様。その神様は本当に言ったの?」

「え?」

「本当に先祖返りで力が目覚めることがありえると、言ったのっ?」

 鬼気迫る彼女に、セラはきょとんとしながらだが応える。

「うん」

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