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碧き舞い花  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳者:御島いる
第三章 ゼィグラーシス

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452/535

448:見ていた

 剣が打ち合う高音、足運びのざらつき、わずかな衣擦れ。そこにセラが織り交ぜる魔素の音。ナパードとトラセードには、音が伴わない。

 セラは手合せの範疇を超えて、持てる力をハンサンへぶつける。

 対してハンサンにはトラセードの他に特異な力はない。闘気の静止や放出は行っているが、技術として闘気を学んだわけではない彼のそれは長い間戦いに身を置いた者が必然的に備えたものだろう。

 殺し合い間近の真剣勝負。その高い緊張感にセラのトラセードの技術は、否応なしに底上げを余儀なくされる。この事実にネルが後々気を悪くしないかどうか心配してしまうほどに。

 だが、極集中は刺激されなかった。やはり『敵』ではない相手では難しいのかもしれない。心のどこかで、気を使ってしまっているのだろう。本気でやっているつもりではあるのだが。

 本気といえば、セラとハンサンの戦いを見たいと言った張本人はこの本気の戦いを追えているだろうか。いや、追えているはずがない。フュレイは戦士でも、戦士の卵でもない、普通の女の子だ。

「――!?」

 激戦の合間に生まれるわずかな緩慢を伺い、少女に視線を向けたセラ。目を瞠る。サファイアにじっとセラのことを見つめる目が映ったのだ。

 しかしすぐに偶然だと思い直す。緩やかになった動きに、ちょうどフュレイが目を向け、そこに自分も目を向けたといったところだろう。

「……?」

 セラが戦いには関係のない反応を見せたことに、ハンサンは動きを止めた。そしてセラの視線の先の孫娘を見て、納得した様子でセラに声をかける。

「フュレイのことを気にかけてくださりありがとうございます、セラさん」

「いえ。フュレイちゃん、楽しくなかったですよね」

「気にしないでください。元々はあの子自身のわがままからはじまったことですから」ハンサンはセラにそう言うと、フュレイに向き直る。「フュレイ。もういいでしょう」

「うん。大丈夫」フュレイは切り株から降りる。「色々残念だったけど」

「こら、フュレイ。失礼だろう」

「いいんです、ハンサンさん。お願いに応えられなかったのはわたしの方ですから」セラはハンサンを手で制し、フュレイに歩み寄る。「ごめんね。今度はエメラルドの光、見せてあげるから」

「楽しみしてるね」

 それだけ言うとフュレイはくるりと向きを変え、短い歩幅で出口に歩み出す。無機質とも取れるその動きに、がっかりさせてしまったなとセラは思った。必ず彼女の要望に応えよう。小さな目標かもしれないが、確かな目標だ。極集中をものにするために。

 ハンサンがセラに頭を下げる。「申し訳ありません、セラさん。後ほどお詫びを致しますので。この場はこれで」

 孫娘を追って行くハンサン。その背に「お詫びなんて、大丈夫ですよ、全然」とセラが声を投げかけると、彼は振り向き軽い会釈するにとどまった。そうして孫娘の後ろ三歩ほどにつくと、その距離を保つ。従者として身に付いた習慣なのだろうか。

 そう思いながら微笑んで二人を見送っていたセラ。そんな彼女に、ヅォイァが歩み寄った。

「フュレイちゃん、見ていたぞ。ずっとな」

「え?」

「戦いに集中していて感じ取れていなかっただろうが、あの子は、ずっとジルェアス嬢の動きを追っていた。渡界術や駿馬もな」

「そんな……嘘ですよね?」言いながらも、ヅォイァが冗談を言うとは思えないセラ。

 ヅォイァもわずかに困惑の色を覗かせている。「俺も信じ難いがな、本当だ」

「……」

「ハンサン殿の孫故に慣れているとも考えられたが、今しがたの様子ではそういうわけではないようだな」

「じゃあ、なんで見えてないように振舞ったんだろ?」

「さてな、言っても我々が信じないと子どもながらに考えたんじゃないのか? 子どもというのは案外、大人びているものだ」

「……そっか」

 腑に落ちないでもない。けれども釈然ともしない。

 しかしこれ以上考えるのも不毛と思えた。

 それよりもと、セラは自身の身体を見やる。傷と汚れまみれだ。

「今日の鍛錬はこれくらいにしときますね。夜にはネルと話せることになったし」

「そうだな。その身体では、せっかくの機会を失いかねんしな」

 セラは頷き、ヅォイァと共に城へと向かうのであった。

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