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碧き舞い花  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳者:御島いる
第三章 ゼィグラーシス

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446:冷たい手

 セラとの夜会を約束したネルは、トラセードの鍛錬に終わりを告げた。例え渡界人だとしても客人を自室に招くのですからと、準備をしたいのだそうだ。セラに見せたくない研究の資料なども片すようだ。

 そうしてネルが森から去ると、セラはヅォイァと極集中の鍛錬に入る。といっても、ヅォイァは切り株に座ったまま。手始めに前例のある、想起による感情の揺さぶりを試す。

 瞳を閉じ、敵を、仲間を思い浮かべ感情の昂りに身を任せる。

 あの日から時間が経過したからだろうか、あの糸は絡んでこなかった。考えなかったわけではないのだが、思いのほかすんなりとセラは瞳にエメラルドを宿らせた。

 そうなのではないかと、一度瞳を開き、ヅォイァの頷きでそれを確認すると、セラはさらに集中を深めにかかる。瞳は閉じず、わずかに伏せるにとどめる。

 意識を向け過ぎず、それとなく、感情の赴くままに。

 ちらり、視界の端にエメラルドが揺らめいた。

 と同時に、セラは広場へとやってくる二つの気配を感じ取った。

「ハンサンさんと、フュレイ」

 呟きながらも広場の入り口に見向きもしないセラ。集中は乱れていない。むしろ二人の動向を追うことによって、無駄なことを考えずにいれた。

 森を抜け、二人が広場に足を踏み入れるのに合わせ、二人に目を向けたセラ。その一瞬だけだが周囲の赤白い光を負かすほどの碧が強くなったようにセラには見えた。なにかに反応したかのように。

 しかし想いが強くなるようなものは視界には入っていない。彼女のエメラルド宿せし瞳が映すのは、柔和な顔の老人と白き印象の少女。

 ハンサンとその孫娘フュレイ。

「……?」

 二人を見て、感じていると、なぜだか違和感を覚えるセラ。その理由は判然としないが、似ていない、という印象を二人から受ける気がする。気読術が極集中に伴って研ぎ澄まされ、男女の違いなどを感じ取っているのかもしれない。ビュソノータスで出会った自らのことを「おれ」と呼ぶメィリラ・クースス・レガスのエスレのことを、エァンダが少女だと見破ったように。

 訝しむセラに対してハンサンが申し訳なさそうに会釈する。「修行の邪魔をしてしまいましたね」

「いえ、そんなことは」セラからヴェールが消える。「なくはないですけど……大丈夫ですよ。それより、フュレイちゃん、調子良くなったんですね」

「ええ。おかげさまで。早くセラさんに会ってみたいと、楽しみにしていたんですよ。ほら、フュレイ。セラさんに挨拶しなさい」

 言われると、すっと歩み出てセラに小さな手を差し出すフュレイ。セラは屈んで、彼女の手を取る。血の通っていないようなひんやりとした手だった。 身体が弱いと言うがどれほどのものなのだろう。もしかしたらトラセスの多夫多妻制からくるものなのかもしれない。そう考えつつも、セラが感じ得る彼女の体動は至って普通なことに安堵を覚える。それこそ他の六人の子どもたちとなんら変わらない。その笑顔も。

「フュレイです」

「セラよ。やっと会えたね、フュレイちゃん」

「うんっ」あどけない表情で、もう一方の手を繋いだ手に重ねるフュレイ。「ねぇ、今のもう一回見たい!」

「え? 今のって、エメラルドの光?」

「こらこらフュレイ」ハンサンが彼女の傍らに歩み寄り、その手を肩に置いた。「セラさんは修行で忙しいんですよ? 邪魔をしたら駄目じゃないか。約束しただろ? 会うだけだって」

「え~、見たい。ね、おじいちゃん。いいでしょ?」

「……」ハンサンはいつにも増して表情を柔らかくして肩をすくめるとセラに目を向ける。「断っていただいて結構ですよ、セラさん」

「いいえ、大丈夫ですよ。見ているだけなら。それよりも、外に長いこといて、フュレイちゃんは大丈夫なんですか?」

「ええ、問題はないと思います。普段も子どもたちと遊んでいますし」

 それを聞くと、セラはフュレイと目を合わせ、笑いかける。「さっきのをすぐに見せられるかはわからないけど、あそこに座って見てていいよ、フュレイちゃん」

「やったぁ、ありがとう、セラさん!」

 早速ちょこちょことセラが示した切り株に向かうフュレイ。ヅォイァが彼女を向かい入れ、ひょいと持ち上げると隣に座らせた。

「フュレイちゃんと言ったね。俺は彼女の従者だ。君のおじいちゃんもお姫様に仕えているだろう? それと一緒だ」

「セラさんもお姫様なんだぁ!」

「ああ。俺もはっきりとは知らないんだがな」

 二人のもとへハンサンが歩み寄り、フュレイの隣に座った。「ヅォイァさんもすみません。わがままな孫で」

「いやいや。構わない」にこやかに皺を寄せるヅォイァ。「俺にもフュレイちゃんより年上だが孫娘がいてな。ついこの間、(いとま)を貰い久々に会ってきたところなんだ」

「そうですか。なにかと似ていますね、私どもは」

「俺の孫モァルズは娘の子だが、。フュレイちゃんは?」

 ハンサンははっとして、間を置いて答える。「……残念、フュレイは息子の子です。共通点だらけではありませんね」

「ははは、そうだな」

 それから二人の老人は互いの孫娘の話に花を咲かせる。それを少々うるさそうにしながら、フュレイはじっと、集中するセラを見つめていた。

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