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碧き舞い花  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳者:御島いる
第三章 ゼィグラーシス

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443:一歩一歩

「最近の事例でいえば、原戦士(げんせんし)の世界で箍の解放が確認されていますわ。魔導世界のブレグ・マ・ダレによってです。あなた、知り合いですよね?」

「知ってるんだ。ハンサンさんから?」

「それ以外にありませんわ。そんなことより、思考の箍の話でしょう?」

「……わかった。続けて」

「あの世界の人たち、モノノフでしたわね、彼らは身を包んだ甲冑と熟練の剣技を用いた高い戦闘力で有名でした。有名でしたが外の世界との繋がりが薄く、交わりはじめたのはここ十余年のことです」

「それはわたしも知ってる。評議会にもモノノフの人いるから。箍が外れたってことは、ブレグさんが彼らの世界に行ってマカを見せたことで気魂法が目覚めたってことね」

「……ええ、そうです」ネルはわずかに不貞腐れる。「あの世界の住人の思考を縛っていた箍は、自分たち、というより人間に不思議な力があると考えないということでした。そういうことは絵空事だと解釈していたようですわ。それがブレグ・マ・ダレによって秘めた力の存在を知ったことで、生命の波を操る術を知ることができたということですわね」

「でもそう考えると気魂法って新しい技術なんだね。生命の波そのものを操る力なのに」

「いいえ、違いますわ。元々はどこの誰でも使っていた技術ですわよ、それこそ遊界人の時代から」

「あ、そういえばクェトも言ってたな、生命活動に根差した力があらゆる世界で進化したって。遊界人の一部が一か所の世界に留まって、気魂法を進化させていったてことか」

「そうですわね。様々な世界であらゆる技術に変化していく過程で消えてしまった。……忘れてしまったという方が正しいのかもしれないわね。原戦士たちの中にそのままの形で残っていなかったら、本当に、忘れ去られてしまっていた技術ですのよ、生命の波を操る技術は」

 そう言うネルの表情は沈んでいた。忘れ去られてしまうということに対して、哀しみを感じているようだ。それも強く。

 彼女のその哀しみの奥に、セラは信念のような想いを感じた気がした。なにかあるのだろうかと問おうかどうかセラが迷っていると、森の沈黙をネルが破る。

「ねぇ、今あなた、クェトって言ったかしら?」

「え? うん。クェト。クェト・トゥトゥ・ス」

「『髑髏博士』?」

「そうだけど。あ、彼はとっくに死んでるって言いたいんなら――」

「死んでる? あれほどの頭脳の持ち主が? 死の研究の第一人者が? ありえないわ。異空ではそんなふうに考えられていたわけですの?」

「えっと……」予想にない反応にセラは呆然としつつ問う。「ネルは、クェトが生きてるって思ってたの?」

「当然ですわ! あの方を侮っているようなあなたが、対面できるなんてなんて不合理なのかしらっ!」

「いや、別に侮っては――」

「おしまいです。帰りますわ」

 ネルは立ち上がり、ずかずかと城に向かって歩いて行ってしまった。セラはその背中を止めようとしたが、やめた。ここで話を続けようとするのはせっかく詰めようとした距離を離すことになるだろうと思ったからだ。

 思考の箍の話から、渡界人にはどんな箍があるのかを聞いてみたかった。逆鱗花の話も聞いて、栽培しているところを見せてほしかった。彼女がしているというナパスとトラセスの優劣をなくそうとする研究についても聞いてみたかった。同じ祖を持つ二つの一族の差をなくすということは、遥か先祖、それこそ遊界人以前の先祖にまで遡った研究をしているかもしれない。そこにはセラが極集中と共に発現させる、先祖返りによって目覚めたと神が言った力についての情報が潜んでいないとも限らない。なんならその研究に、先祖返り云々に関わらず、友人として協力までしたかった。

 訪れた静寂にそんなことが思われた。

 そしてなにより、他愛ない会話をしたかった。

 いいや、したかったではないのだ。

 したい、だ。

 止まらなければ、近づける。

 急激に会話が終わったことに願望が大きく膨らんだが、それも長くは続かない。これはゆっくりとやっていくことだということを、そもそもセラは理解しているからだ。今日の一歩はいい一歩だった。

 ゆったりと立ち上がるセラ。

 明日からネルとのトラセードを交えた戦闘訓練だ。それに加えて極集中の鍛錬も忘れてはならない。誕生パーティのあの日以来、未だヴェールを目にしていないのだから。

「止まってなんていられないな」

 肩を上下させそう独りごちた彼女は、今はもう見えないネルの背中を追って城に戻りはじめたのだった。

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