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碧き舞い花  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳者:御島いる
第三章 ゼィグラーシス

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441:箍

「えっ!?」

 自分の前に現れたセラに、イツナは目を見開いて驚いた。セラが圧縮した空間に足を踏み入れて移動してこなかったからだろう。

 確かに子どもたちは圧縮で距離を詰め、拡大で距離を取るという決まった方法しかこれまでの鬼ごっこでも使っていなかった。しかしそこまで驚くことだろうか。そう思うセラの耳に切り株に座るネルの吐息が聞こえた。彼女のも驚きの吐息だった。それでも子どもたちに比べたらその程度は低い。現象自体に驚く子どもとは違い、ネルはセラがそれを行ったことに対して驚いているようだった。

 するとそのネルが、セラとイツナの傍らに圧縮した空間を渡り移動してきた。

「そこまでよ」

 セラはイツナをタッチしようとして出しかけた手を止める。「え?」

「なんでなんで!」とヨムールが声を上げる。

 それに便乗してワンザ。「てか今のどーゆうことだ? セラ姉ちゃん歩かなかったよな? まるで逃げる時の拡大みたいにさ」

「違うわよ、ワンザ。この人はみんなの知らない世界の力を使ったのよ。一回の圧縮で後ろに回ったりもしてたでしょ? そうよね?」

 ネルがサファイを半ば睨むようにセラに向けてくる。しかし、今さっきはトラセードしか使っていないセラ。子どもたちの背後に回るのには駿馬を使ったいるので、そちらはネルの言う通りだが。

 圧縮した空間に足を踏み入れる高速移動と自身ごと空間を拡大し距離を取る回避。それは本当にそうしなければいけいないのかとセラは考え、拡大でイツナとの距離を詰めてみたのだ。自身を含めた空間をイツナのいるところまで圧縮しようとも考えたが、今は拡大の距離感を掴むための鬼ごっこだったためにそうはしなかった。

「ね? そうよね?」

 疑問に答えを出せないままのセラに、ネルは引きつった笑みで質問への答えを促してきた。ここは従っておくべきだろう。理由はあとで問おう。セラはここでは頷くことにした。

「そう。ちょっと必死になり過ぎちゃった、わたし。驚かせてごめんね、イツナちゃん。みんなも」

「まったくよ」ネルは肩をすくめる。「みんな、今日はこれでおしまい。わたしはこのずるした人にお説教しなきゃいけないから」

「えー、別にいいよ」ミキュアだ。「次から同じことしなければいいだけでしょ? でしょ、セラお姉ちゃん?」

「うん、そうだね。けど――」

 セラはネルの顔色を窺う。鋭くセラのことを睨んでいる。

「――今日はネルの言う通りにしようか。続きはまた今度、絶対やってあげるから」

 不承不承な子どもたち。それぞれに不機嫌な表情を見せる。ここでヅォイァが切り株から腰を上げた。

「では俺が遊んでやろう。ジルェアス嬢のように空間伸縮はできんが、どうだい、みんな」


 ヅォイァに連れ立って森を出ていく子どもたち。その背が見えなくなると、ネルは一人溜め息を吐いた。そんな彼女にセラは窺うような視線を向ける。

「わたし、まずいことした?」

「ええ、そうですわね。でもわたしも抜けていましたわ。異常な成長速度でしたし、認めたくないですけどエァンも認める人でしたものね。あなたならその考えに至っても不思議ないことを考えておくべきでした」

「空間の拡大で距離を詰めることができる、その逆も。というか、拡大と縮小は紙一重だよね? やろうと思えば拡大だけで距離を詰めることも離すこともできる。圧縮でも同じ」

「そう。あなたの言う通りですわ」

 ネルは一呼吸おいてからセラとサファイアを真っ直ぐ交える。

「今から伝えますことは、子どもたちには話さないでくださいね。わたしとお父様しか知らない、王家にだけ伝わるわたしたち一族の禁忌ですから」

「それ、わたしに話していいの?」

「エァンにも話しましたわ。あなただけが特別じゃなくてよ」

「あ、わたしって特別なの? それって友達になれたってことでいいの? 三歩目? ああ、二歩目だっけ」

「茶化さないで、もうっ。真剣な話ですのよ。渡界人にはわたしたちにある(たが)がないので、空間伸縮を学んだのなら誰にでも話しますわ」

「箍?」

「ええ。研究の中で『思考の箍』とわたしは名付けました。あらゆる世界ごとに、その住人の中にあると考えられるもので、突然、もしく長い時間をかけて、外れたり、新たにできたりするもの。そう考えていますわ」

「うん」セラはもうふざけようとは思っていない。踵を返し、切り株に腰掛けた。「それで具体的にはどういうものなの? その箍って」

 彼女に続き、ネルも切り株に座る。「この世界の人間で説明しますと、空間伸縮において圧縮か拡大、どちらかが使えれば移動手段としては問題なく扱える、ということに考え至れないということ。この『考え至れない』というのが思考の箍ですわ。あなたが思いついたものをあの子たちも、ハンサンだって思いつけないのよ」

「ネルは王家の一員として伝えられてるから知ってる。ってことは自分で思いつけなくても、外からその考えが入ってきたら、ちゃんと理解できるんだね。だからさっきも止めた。子どもたちに理解される前に」

「そうね。わたしも初めてお父様から聞かされたとき革新的だと思いましたわ。それでいて、どうしてこんなことを思いつけなかったのかしらって、自分の頭の悪さに嫌気がさしましたわ」

「でも、禁忌っていうほど? トラセードを圧縮か拡大どっちかだけでできるってことを知っちゃうことが? ネルだって革新的って思ったんでしょ?」

「箍自体は禁忌ではないのよ。一方だけで事足りということが知られないことに越したことはない、くらいの認識ですわ。禁忌なのは一方だけしか使わないということ。これが一族の存続にかかわりますわ。これまで箍が外れるような出来事は起きていないですけど、もし今、みんなに知られてしまったなら、王家の責務としてわたしはその危険性をみんなに伝えます。お父様から訊いたように。そしてこれからあなたに話すようにね」

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