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碧き舞い花  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳者:御島いる
第三章 ゼィグラーシス

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439:綻びの可能性

 森を出たら夕方だった。

 長い時間が経っているだろうとは思っていたが、ここまでとはとセラは驚いた。そして、並び歩く子どもたちに声をかける。

「みんな、お昼ご飯食べてないでしょ? 大丈夫?」

 だいじょーぶ!

 一様に楽しそうな表情の子どもたち。セラはそんな彼らを見て、自分も昔は食事のことを忘れるほどにズィーたちと遊んでいたものだと思い返した。楽しさは空腹をものともさせないのだ。

 城の前庭に出ると、家路へつこうと子どもたちにネルが言う。

「今日はありがとね、みんな。続きはまた明日。鬼はワンザからね」

「へーい」ワンザは小さく手を上げる。「っちぇー、最後の最後によぉ……」

 セラは進んでいく話の腰を折り、ネルに問う。

「ねぇ、明日も鬼ごっこなの? 今日でだいぶ距離感掴めたよ? タッチもできたし。明日は組手でいいんじゃない?」

「確かに。わたしも驚きましたわ、あなたの飲み込みの早さには。空間伸縮の感覚を起こしたときもそうでしたけど。しかしですわ。あなたは今日、子どもたちを追うために距離を詰めるだけでしたわよね?」

「そうだけど……ああ、そっか」セラはここで勘付く。「逃げる方ね」

「そのとおりです。空間を拡大する感覚もものにしてからでなければ本格的な戦いの練習なんてできませんわ」

 ヨムールが興味津々な目でセラを見た。「セラお姉ちゃん、戦う人なの?」

「ジルェアス嬢は『碧き舞い花』と呼ばれる英雄なんだぞ、知っているかい?」

 棒を第三の足にして膝を折り、ヅォイァがヨムールの頭を撫でた。その物腰の柔らかさは、いつにも増しておじいちゃんだ。

「『碧き舞い花』!」

 と、叫んだのはヨムールではなくワンザだった。そのあまりの大声に隣でミキュアが「ワンザうるさーい」と耳をふさぐ。

「マジで! あの! セラ姉ちゃんが!?」ワンザは独りはしゃいで、他の子どもたちを巻き込む。「すごくね、すごくねっ! なぁ、なぁ!」

「はいはい」イツナが呆れて肩をすくめる。そしてセラに向き直る。「ごめんなさい、セラお姉ちゃん。ワンザ、英雄志望なの。よかったら言ってやってください、ワンザじゃ英雄にはなれないよ、って」

「なんだよ、イツナ! 人の夢に口出すなよな。だいたい、お前こそ、ネル姉ちゃんみたいな研究者になんてなれるわけないじゃんよ」

「はっ!? なによそれ! 英雄目指してる人間がそんなこと言う? あんた絶対、英雄になんてなれないわね。確定よ」

「なんだと!」

「なによ!」

 じりじりと睨み合うワンザとイツナ。そんな二人をセラはどうしたものかと苦笑し、ネルはやれやれと呆れ、ヅォイァは年増の余裕で微笑み、ヨムールとミキュアは顔を見合わせクスクス笑い、ロォムがおろおろと二人を交互に見やる。そしてニフラが控えめながら、二人に割って入った。

「二人ともやめて。喧嘩したって英雄にも研究者にもなれないよ。いい?」

「……ごめん、ニフラ」ニフラの優しくも強い眼差しにイツナがすぐに力を抜いた。「わたし熱くなっちゃった」

「うん」

 イツナに頷きを返すと、ニフラはワンザを見る。彼はばつが悪そうに目を逸らしている。

「ワンザ」

 優しいがどこ冷たい印象を受けるニフラの呼び掛け。ワンザの頬が一瞬ヒクついた。

「ワンザ」

 二度目の呼びかけに、ワンザの唇がわなわなと揺らめく。

「ワン――」

「わかった、わかった。悪かったよ。悪かった。これでいいだろ?」

「よろしい。みんな仲良くね」

「はーい、じゃあみんな、ニフラの言う通り仲良く帰ろうね。そして明日も仲良く、遊びに来てね」

 最後にネルがそう締めると、子どもたちは和気あいあいと緩やかな曲がり道を歩いていったのだった。ネルはその六つの影が見えなくなるまで、にこやかな優しい眼差しを向けていた。

「ネルはいいお姉さんだね」

「はい?」

「みんなと仲良くするようにわたしと仲良くしてくれればいいのになぁ~」

「そんなことしませんわ」

「なんで? みんなの前では友達でいてくれるんなら、いつも友達でも変わらないと思うんだけど。あ、そういえば昨日に続いて二歩目だね。ありませんとか言ってたのに、ふふっ」

「あの子たちの前という状況に変わりありません。勝手に二歩目にしないでくださいます?」

「えー、いいじゃん。ほら、三歩目っ……」

 セラはネルに抱き付こうと、接近した。だが、プラチナとゴールドは触れ合うことはなかネルがセラの前から姿を消したのだ。トラセードで距離を取ったのだ。

「わたしは部屋に戻りますから。それではまた明日。ごきげんよう」

「そんなこと言わずにさ」セラはナパードでネルの隣に移動する。「逆鱗茶でも一緒に飲もうよ」

「結構です」

「お茶の気分じゃないなら、研究を見せてよ。あ、逆鱗花見せてよ。育ててるやつ」

「……そ、そんなに見たいのなら……い、いいえ! わたし忙しいので、邪魔しないでくださいっ」

 そう言って駆け足で城に入ると、一目散に階段を昇り自室へと消えていったネルだった。

 一瞬見せたわずかに綻んだ、話したそうにしたネルの顔。やっぱり研究のことならいっぱい話してくれる可能性がありそうだ。そこを攻めていこう。セラはそう決めた。

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