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碧き舞い花  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳者:御島いる
第一章 碧き舞い花
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42:蒼天に輝く

 サファイアに映った歪んだ剣の切っ先はどんどん大きくなる。

 最期。セラの頭には死が過る。ビズラス()の顔、スゥライフ()の顔、フィーナリア()の顔、レオファーブ()の顔、ズィプガル(想いを寄せた少年)の顔、愛すべきナパスの民たちの顔。過ったからこそ、彼女の瞳は未だに凛とした力を宿していた。こんなところで終わるわけにはいかない。自分はなんのために力をつけたのか。

 復讐。浮かぶのは赤褐色の大男。あの男を、目の前の男を、『夜霧』をこの手で討つ。それまでは安らかに眠りにつくことできない。安寧なんて訪れない。なにより『夜霧』には負けたくない。

「おのれぇーっ!」

 セラがどうにかしてこの危機を逃れようと思考を駿馬のように加速させ始めると、しわがれた老戦士の声が聞こえてきた。そのおかげで、セラへと向かってくる刃はすんでのところで動きを止めた。

「往生際の悪い老いぼれだな」

 ヌロゥは迫りくる老戦士の方を見ることなく剣を振るった。剣には外在力が宿り、鋭利な衝撃波となって放たれた。目に見えない斬撃は空を裂き、ただただ放たれた衝撃波より鋭く空間を歪ませ、ついには老戦士の片脚をすっぱりと体から斬り離した。

 どくどく赤い液体を垂れ流しながら、老戦士は前のめりに地面に突っ伏す。「ぐあ゛ぁああぁぁがぁ……!!」

 流れ出る血は戸惑うことなく蒼白い大地を赤く染めていく。

 倒れ、呻き声を上げる老戦士には悪いが、それが彼女に生き残るための時間を与えた。それはほんのちょっとの時間だったが充分過ぎるほど大きな時間。一瞬だけ老戦士に向けられたヌロゥの意識が再び自分へと戻るその瞬間、セラはヌロゥ共々跳んだ。


 浮島全土を見渡す限りない蒼天に碧き花が咲き誇った。

 ジュランたちの帆船にいたときにはまだ顔を出していなかった太陽が、今は満面の煌めきを放ち、突然蒼白の空の中に現れた二人の人間を強く照らす。陽光を受け、少女のプラチナも耳の水晶も白き肌も、そしてフクロウも神々しく輝く。男の髪はそれでもくすみ、歪んだ剣は不揃いに光を反射する。

「……また見れたでしょ。しかも、今度は自分も一緒に」セラは悪戯っぽく鼻で笑う。

「悪あがきを」冷静にぬらっと言うとヌロゥもまた鼻で笑い返した。

 二人は重力に引かれ、遥か下に見える浮島の大地に誘われ始める。

「だが、残念だったな。俺は手を離していない」

 ヌロゥの言う通り、彼の手はセラの首を離さずに掴んだままだった。しかも、ロープスを使っているからか、ヌロゥはナパード酔いを欠片もしてなかった。

「たぶん、そうなると思ってた」そう、彼女も想定していたことだった。「でも賭けてみる価値はある」

「価値がある? あったの間違いだろう? さあ、どうする。重力に殺されるか、俺に殺されるかだ」

「どっちもないっ!!」

 セラは渾身の力で手のひらから炎を放った。火炎がヌロゥの顔面で弾ける。だが、ヌロゥの顔には火傷一つつかない。

「マカと言うのは外在力に遠く及ばないようだ」

「わたしが不慣れなだけよ」セラは火球を放ち続ける。その度に派手に火炎が飛び散る。「みんなはもっと……っぐ」

 ヌロゥの首を掴む力が強まった。ギリギリと気道を狭めていく。「しつこいっ!」

「……!」

 セラの気道は突然に確保された。極寒の空気が肺に満ちる。そして、ヌロゥとの距離が徐々に離れていく。

 彼女は投げ捨てられたのだ。ただただ落ちるより早く地面は近付き、ついには変態術を会得している彼女ですら目を開けていられない程に空気がぶつかり始めた。滲んでいた血や汗が冷たい空気に凍てつき、彼女の顔はビュソノータスよりも蒼白に固まる。暗い青紫に染まる唇。遠のき始めた意識。それでも、超感覚だけは風圧に邪魔されながらも地面との距離をしっかりと捉える。

 と、セラの研ぎ澄まされた感覚が地面から離れる。

 固まり、強張った彼女の頬が微かに動き、口に端を上げさせた。

 どうやら彼女の賭けは功を奏したようだ。

「セラっ!」

 その声がセラの耳に届くと、彼女は誰かにしっかりと抱きしめられた。だが、落下の勢いは弱まったものの、落ちていることに変わりはなかった。

 超感覚は地面を寸前に捉える。そして、落ちてくる二人を受け止めんとばかりにどっしりと構える人。

 衝撃があった。ヌロゥに飛ばされ、蹴られたときに比べれば何ともない衝撃だ。

「俺に男と寝る趣味はねえぞ……」

「ふっ、知ってるさ」

 抱かれて落ちる間にその人物の体温で動けるほどに温まったセラがサファイアを露わにすると、自分がジュランをベッドにプライに抱かれている状況に出くわした。しかし、超感覚で感じていた彼女はそれに驚くことはなく、その顔には安堵の微笑みを載せていた。

「来てくれた」セラが賭けたのは回帰軍だった。まだ近くに帆船があると信じて天高く跳び上がり、目立つように炎を何度も放ったのだ。

「エリンがうるさかった。ほら、さっさとどけ。俺は年端もいかない娘とは寝ないんだよ」

 セラはプライに支えられながら、ジュランの上から立ち上がる。「もう、お酒は飲めるんだけどね」

「そうか、じゃあ、帰ったら野原族の造った酒飲みながら説教してやる」立ち上がり尻をはたくジュラン。「覚悟しとけよ」

「覚悟より、酒が飲める状態で帰るのが先だな」空を見上げるプライ。その視線先には淡く輝くヌロゥの姿がしっかりと見える高さまで落ちてきていた。

 

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