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碧き舞い花  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳者:御島いる
第三章 ゼィグラーシス

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431:手ごわい

「敵だと思え! 殺してみろ!」

「っ!」

「その気のない刃は届かんぞ!」

「く、んあっ……」

 セラはヅォイァの相棒ヅェルフに弾き飛ばされた。

「どうした。剣を手にしてこそ、真価ではないのか!」

 攻撃も防御もヅェルフに任せ、一歩も動かず仁王立ち。ただセラだけを見据え、檄を飛ばすのみのヅォイァ。彼の目は殺気に満ちている。

 そしてそんな主よりも殺気に満ち満ちているのはヅェルフだ。地に背をつけたセラに猛突進。

「くっ」

 ナパードでセラが躱すと、ヅェルフは大地に深々と刺さる。否、それだけでは勢いは死なず、土の下に潜り込んだ。そしてずかずかと地中で音を立てたのち、立ち上がったセラの足元から飛び出した。

 それを半身で躱したセラ。軸足に力を入れくるり身体を回すと、ヅェルフの脇腹に蹴りを見舞った。かこんと小気味いい音と共に彼女から離れて行く棒に意識を残しつつ、セラはヅォイァへと駆けだした。

 駿馬、ではない。

 トラセード。

 だが、失敗した。

 ネルとの鍛錬の前に空間伸縮が戦闘で扱えるか試そうと、自身とヅォイァの間の空間を縮めたセラだったが、その空間に足を踏み入れた瞬間、それはその空間を出た瞬間でもあるのだが、その時に体勢を崩してしまった。空間の縮小に伴う時の濃度の変化により、視界が間延びした残像に支配されたことに驚いたわけではない。それはネルとの反復によってすでに知っていたことだ。ただ、程度が間違っていたのだ。

 彼女が移動した距離はわずか。三歩にも満たない移動で、ヅォイァとの間合いは全く詰まっていなかった。自身で移動しようと考えていた距離との不一致に体勢が崩れたのだ。

「ジルェアス嬢! 深い集中を必要とする極集中の域に入るための鍛錬だというのに、新たに会得したばかりの力を試すとは何事だ! お前は仇討ちの相手を前にしても、半端な技術を用いるのか? 持てる力全てを使うなど、不必要な考えだぞ。想いを成し遂げたいと思えば思うほどに、身に沁み込んだ力だけを使うべきだ」

「……ごめっ……ん、っく!」

 ヅォイァの目を見て謝ろうとした彼女の背後から、ヅェルフが襲ってきた。意識を向けておいたことで躱すことは難しいことではなかった。だが、謝意に戦意が薄れたからだろう、蛇爪まで読み切れなかった。見えない刃により、セラの頬に赤い線が走る。

「誰が終わりと言った」

「そう、だね……」

 滲み垂れた血をグローブで拭うと、セラはオーウィンを構え直したのだった。


 結局、その日セラが会得したのはトラセードの初歩だけだった。

 それだけでも充分な成果ではあるのだろうが、なにせ簡単にその感覚を得てしまったがために、苦労し成し遂げたという経験がなく、セラとしてはどことなく実感が湧いていなかった。極集中の鍛錬がまったく振るわなかったことが、なにも得ていないのではという偽りの気持ちに拍車をかけてもいた。

 そんな胸中のまま、その日の鍛錬は終わった。

「っげ、なんですのあなた?」

 ハンサンの案内で城に入ったセラとヅォイァ。入ってすぐの広間でばったりとネルと出くわした。というより彼女は広間から続く階段に座って待っていたようだ。三人が入ってくると慌てた様子で降りてくる演技をはじめたのだ。そうして泥だらけで所々を血に染めたセラの姿を見て驚愕した。

 落ち込もうとしていたセラではあったが、ネルの顔を見て吹き返す。止まってなんていられない。まずはこの新たな友人と仲良くなろうと気持ちを切り替えた。

 おどけて首を傾げてみせるセラ。「え、セラだけど?」

「そ、そういうことを言っているんじゃありませんわ! 来なさい」

 ドレスの裾をたなびかせながら足早に階段を下りてきて、ネルは広間から続く廊下へと独り進んでいく。

「向こうに浴場がございます。どうぞ、セラフィさん、お嬢様について行ってください」

 ハンサンの言葉に頷き、セラはネルを追いかける。


「ネルは一緒に入らないの?」

 露天であるにもかかわらず、もくもくと湯気が立ち込めて曇る浴場。まろやかな香りに鼻孔を満たし、柔らかい黄色のお湯に浸かりながらセラはネルに聞いた。当の彼女はドレスを着たまま傍に立っている。

「誰が渡界人なんかと」

「もう、そんなに毛嫌いしないでよ。言葉だってほとんど同じなのに。それに聞いたよ、トラセス人でもナパードが使えるようになるような研究してるんでしょ?」

「なっ、ハンサンったら勝手なことを」

「なにか手伝えることない? トラセスの民の研究をナパスの民が手伝ってた過去だってあるわけだし、わたしもそうしたい」

「あなたに手を貸してもらうつもりはなくってよ。そんなことより、怪我の様子はどうですの?」

 言われて、セラは自身の身体を見回す。そうしながら、ふと湯に入った当初から傷がしみていないことに気付く。

「あなたが渡界人じゃなかったとしても、わたしは一緒にこのお風呂には入らなかったわ。ここは怪我人用のお風呂ですからね」

「怪我人用……なるほどね。すごい治癒効果」

 自身の身体から傷という傷がなくなっていることに、セラは驚きを禁じ得なかった。そんな彼女の反応をみると、ネルは勝ち誇ったようすで嬉しみに満ちた顔をする。

「でしょ! 本場の再生の泉には敵わないけど、充分な再現率よ」

「再生の泉って湯気に覆われし泉(メル・モーグ・ウェナ)の?」

「そうですわ。源泉の成分を徹底的に調べて、あらゆる世界の薬草を使って、わたしが、再現しましたのよ」

「薬草!」セラは共通の話題を見つけ、縁に腕を乗せでネルを見上げる。「わたしも詳しいよ。白衣の草原(トゥウィント)でも学んだの。『猛毒は薬なり‐異世界の毒図鑑と調薬の方法‐』の著者のベルツァさんも知り合いで……あ」

 ネルは外には出られないのだ。それなのに他世界人との交流の話をしてしまい、セラはしまったとすぐに申し訳なくなった。

「ごめん」

「謝らないで。余計腹立たしいわ」

「じゃあさ、今度薬草について話そうよ。それにさ、もしかしてだけど、ネルってすごい研究者でしょ? 強情ランタンにこのお湯、それにナパスとトラセスの差を無くそうともしてる。他にも絶対やってるよね! そういう話もしたいな」

「いいで……んんっ。いいえ。わたしはしたくありませんので。あなたとわたしの関係は空間伸縮の先生と生徒、それ以外のなにものでもありませんので勘違いしないでいただけます?」

「そんなこと言わずにさ」

「しつこい。傷が治ったなら出なさい。明後日から実戦用のトラセードの練習なんですからね」

 そう言い残し、ネルは湯気の中に消えていく。浴場を出て行ったようだ。

「んん~……手ごわい」顔にお湯をかけ、完治した体で伸びをするセラ。そこでふと気になる。「ん、明後日?」

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