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碧き舞い花  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳者:御島いる
第三章 ゼィグラーシス

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429:ネルの空間伸縮講座

 切り株に腰を下ろす二人の老人に見守られ、二人の姫の講義は行われる。

「いい、エァンの頼みじゃなきゃ、ナパスの人間に空間伸縮なんて教えないんですからね。本当に、感謝しなさいよ」

「それはわかったて。それで? なにから、どうはじめるの?」

「勝手に仕切らないで、先生はわたしよ!」

「わかりました、先生。どうぞ、続けて」


 城の裏手には森林が広がっており、入ってすぐの場所が人為的に切り開かれていた。円形で、囲む木々には、球状で不規則な曲線の柄の入ったランタンが掛けられている。その全てに赤白い火が灯っていて、その場所を()にしている。

 強情ランタン。

 今はなき世界、ヴァルプ・リンドのものだとこの場所に足を踏み入れたときにネルは自慢げに言った。その世界では吸血をする者たちが使っていことや、一つしかなかったものを自身が真似して作ったことなどを補足しながら。そうした長い説明を終えた彼女に、セラがどうしてここを夜にする必要があるのかを聞いたところ、特に理由はないらしい。自身が作った物を活用する場所が欲しかっただけのようだと、セラは懐っこく笑った。それに対してネルは「なによ」と頬を膨らませたが。


「空間伸縮は読んで字のごとくよ。空間を伸ばしたり縮めたりするの。拡大や縮小とも言うわ。エァンから聞いたけど、あなたが体験したのは伸ばす方。時の流れが遅くなったり止まったり感じたでしょ?」

「うん」セラはビュソノータスでの戦いを思い出しながら頷く。「それに、なんだろう、なにも無いってことを感じ取ったのを覚えてる」

「ああ、それ。それね、それはね、空間伸縮の感覚を知らない脳が一生懸命に、それを理解しようとして他の感覚を捨てるのよ。慣れれば無くなるわ、そっちは」

「そっちは? 時の方は違うの」

「そうよ。あれはちゃんと原理があるものですから。時の濃度に関してはご存知かしら?」

「もちろん」

「……あっそ、つまらないですわね」ネルは唇振るわせて一瞬拗ねる。「省きます」

「待って待って。トラセードって一つの世界でやるものだよね?」

「ええ、あなたの渡界術と違って」

「じゃあ、時の濃度がどう関わってくるの? あれは世界同士での話でしょ?」

 ネルはセラのこの言葉を聞くニッと優越感丸出しで口角を上げた。

「いいですわよ。教えて差し上げます。しっかり聞きなさい」

「はい先生」

「空間の伸縮に伴って、その空間内の時の濃度が変化するの。理屈は簡単よ。空間を拡大すればその中の時は薄くなる。反対に空間を縮小すると濃くなる。理解できて?」

「うんと、つまりこういうことかな。時を数えられる粒だと仮定して……」

 セラは屈み、地面に四角形を描く。

「……この大きさの空間に最初に10粒の時が入ってたとして……」

 今度は今書いた四角形を囲むように大きな四角形を。

「……空間をこうやって拡大……」

 そして最初の四角形の中に小さな四角形を描く。

「……縮小しても元々中にあった10粒は10粒のまま。広い空間に10粒と狭い空間に10粒、同じ10粒でも余白が違う。これがそのまま濃度の違い」セラは立ち上がる。「そしてトラセードではそれを起こしてるから濃度が変化する」

「そう。そしてそれはごくごく刹那の出来事。それでも濃度の異なる他世界への移動のような一変ではなく、刹那の中でも徐々に推移する変化なのですわ。だから、脳は混乱しますのよ。一生懸命に濃度の変化について行こうとしますの。その理解しようとしている作業が、周囲の時の感じ方に現れる」

「わたしの体験したのは拡大だから、濃度は薄まっていっていた。それが時の流れを遅く感じさて、最後には止まったように感じた」

「そして急激に、あっという間に元の時の流れに戻ったでしょう」

「うん。もしかして、あれが頭が変化を理解したってこと?」

「違いますわ。どうやっても脳は濃度の変化を理解できませんのよ。ただ空間伸縮の効果が切れただけ。使用者が使うのをやめる時もそうですけど、なにより制限時間がくると、変化した時の濃度は瞬間的に元に戻りますからね」

「そっか」頷きつつ、セラは今得た情報と記憶とすり合わせる。「……戻るのは時の濃度だけ。その空間にあったものは伸縮に伴って移動している。だから空間を伸ばせば敵から距離を取れる。そうするとエァンダの高速移動は縮小ってこと」

「それだけじゃないわ、エァンはすごいのよ。わたしたちでもやらない応用を生み出したんだから。移動に使うのは見てても、それは見ていないんじゃなくて?」

「なに?」

「あなたも自分で応用してみたらよろしいんじゃなくて? そうなんでも教えてもらえると思ったら大間違いだわ。まあ、その前に使えるようにならないといけませんけどね、あはは」

「切断……」

「そう! やっぱり固定観念は進歩の敵ね。長年当たり前に使っていたわたしたちには思いつかなかったことだわ、って! むぅ……! なんで知ってるのよ!」

 ダンッ、ダンッと足を踏み鳴らして頬を膨らませるネル。対してセラは彼女の目を見ずに顎に手を当て、思考しながら返す。

「見たことあるエァンダの技で、何の技術知らないのを言ってみただけだよ。でも、そっか、あれもトラセード」

 ビュソノータスで異空の怪物の腕を睨んだだけで千切ったあの技。その後、神々と対峙したセラが彼らの見ただけで吹き飛ばす力と関係があるのではと考えたあの技だ。エァンダに確認するつもりだったが、トラセードに関係しているならばネルでも問題ないだろうと、セラは問う。

「ねぇ、切断じゃないけどさ、大きく相手を吹き飛ばすみたいなこともできたりする?」

「無理ね」ネルは即答した。「体験したことあるのによく聞いたわね。あなた、エァンと一緒のとき吹き飛んだ?」

 そんな記憶はセラにはない。そのままの体勢で後方へと移動していただけだ。つまりそんなことはできないというのが、ネルの答えだった。

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