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碧き舞い花  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳者:御島いる
第二章 賢者評議会

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413:おつかれさま

 セラはオーウィンを納め、踵を返した。向かうは、ユフォンのもと。叫んだのは彼だった。

 ケン・セイとズーデルは興醒めとばかりに、互いにそっぽを向き合う。

 そんなことはすでに気にかけず、セラは一目散。うずくまる筆師の脇に滑り込んだ。

「ユフォン! 頑張って!」

 なにが彼を痛めつけているかは、考えるまでない。神の力が野営地を襲っているのだ。

 ここからでは応援することしかできないことに歯がゆさを感じながら、セラは彼を抱く。苦悶に暴れる彼を受け止める。そして彼の名を、呼び掛け続ける。

 あのとき彼がそうしてくれたように。

 マカが使えるようにと、臍下丹田にヒュエリ司書のマカを流し込んだあのとき。彼は彼女を信じて、名前を呼び続けてくれた。

 ――信じてくれないんだね、セラは……ははっ。

 思い出と共に、ついさっきの彼の言葉が蘇った。すると、セラは彼の名を呼ぶのをやめた。代わりに優しく微笑んで彼に話しかける。

「……違う。わたしはいつだってユフォンのことを信じてる。信じてるよ。でも、心配なの。護ってあげなくちゃって思っちゃうの……。だって、あなたがここにいるのは、わたしと出会ったからだから。わたしのためにって、使えなかったマカも習得してくれた。戦場にも一緒にいてくれてる。あなたはそれを自分のためだって言うかもしれないし、わたしの自惚れかもしれない、けど……だけど、わたしは支えられてるって思ってる。尽くされてるって思ってる。だからそれだけわたしも、ユフォンにお返ししないといけないって思ってる。それが、護ること。わたしにはそれくらいのことしかできないから……。あなたを危ない世界に連れ出しちゃったわたしには、それくらいしか、責任を果たす方法がないから……」

 微笑んでいたはずが、いつの間にか泣きそうになっていた。サファイアが潤む。

 と、そんな彼女の頬になにかが触れる。ユフォンの手だ。

 はっとしたサファイアに映る彼の顔に、苦悶の色はない。顔を脂汗でてらりと光らせるだけで、笑みを湛えていた。

「責任なんてないさ、僕と君の間には」

 ユフォンは「ははっ」っと、満面に笑みを行き渡らせる。

「あるのは運命。それだけさ」

 そう言って今度は真剣な表情になると、ユフォンはサファイアに吸い込まれるようにセラに顔を近づけはじめた。首をわずかに傾け、一度だけ狙いすますように麗しき唇に目を向けて、そのまま急接近していく。

 不意のことに頬を上気させて顔を退こうとしたセラだったが、それは違うと思い直し、瞳と感覚を閉じて待つ。

 待つ。

 時の密度が変化し、薄くなったのではと錯覚する。果てしない時間を体感しながら待つ。

 待つ。

 待つ。

 待つのだが、待てども筆師の唇を感じることはなかった。

 どうしたのだろうとゆっくりとサファイアを露わにするセラ。苦笑してしまう。

「……ははっ」

 目一杯の力でセラに向かおうとするユフォンを、力ずくでズィーが制止しているという光景が、眼前にはあった。

「ははっ、ズィプぅ? セラは今、僕を完全に受け入れてた。止めるべきじゃないなぁ……!」

「はぁ!? 止めんだろ、フツー! 騎士は姫を護んだよっ!」

「姫が望んでるのに、止めるのは、どうしたって騎士のやることじゃない、そう思わないかい? ははっ」

「……ッ知るかっ! 例え騎士がそういうものだったとしても、俺は止める!」

「っ、意味がわからないな。論理的じゃない!」

「気持ちの話だ! 感情的だ!」

「それはっ!……理解できる!」

 二人はぐぬぬぐぬぬとお互い譲らない。膠着状態だ。

 セラは溜め息と共にユフォンに訊く。「攻撃は去った?」

「あ、うん。ははっ! 言ったでしょ? 耐えるって。待ってて、セラ、いま『紅蓮騎士』の攻撃にも耐えて、みせるからっ!」

「はっはーん? 俺の攻撃に耐えるって? ユフォンが? 無理だろ?」

「二人とも! やめて。もういいから」

 セラは「おつかれさま」とユフォンに言うと、立ち上がってグースに目を向ける。

 参謀将軍は肩を竦めながら言う。

「退却の時です。この戦争は大敗。我々に関しては多くの兵を失い、目的も果たせずじまいという結果。評議会側にとっては、今後において我々と協力関係を結ぶための大きな機を逃したというわけです」

「……」

 純白の空間は寂寞で無表情。誰もが口を閉ざした。

 終わった。

 その一言が評議会、白輝に関わらず、全員の身にゆっくりと染み入っている。セラはそう感じた。そのための、誰も動かない時間だろうと。

 ここからはこの戦争で散った多くの命を偲んでいい時だ。スウィ・フォリクァへ帰り、戦場を共にした亡き者たちに祈ろう。

 名も知らぬ仲間に、刃を交えなかった敵に、そして新たにできた友にも。

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